2012.6.17 きんたメール第304号です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「平安・・・」
敬愛する皆さま
板橋からお届けします。梅雨の時期です。ご自愛くださいますように。単身赴任となって丸1年が経ちました。息子には、一番一緒にいたい時期に寂しい思いをさせてしまいましたが、主が護ってくださり、家族もこの状況に慣れてきました。息子も自分の部屋で一人で寝ることができるようになり、成長過程を垣間見る思いです。
一人で寝ることができるのは、一緒にいなくても、一緒にいるような安心感があるからです。「主が共におられる」ことは、私たち一人ひとりにとって、家族にとって、教会にとって、「平安」の基本です。このことは、私たちがどのような状況の中にあっても変わらないものです。聖書にも、「主の平安」は誰も奪うことのできないものと書かれています。
だから、イエス様は沈没しそうな大波の舟の中で寝ることができたのです。どのような時も父が一緒にいるからです。
それでも、私たちは弱いので不安で眠れない時もあります。苦しくて、辛くて、不安でどうしようもないところで、叫んでも叫んでも、誰も近寄ってもくれない、絶望が支配しているかのようなそんなところにでも、実は主が一緒になっていてくださるのです。ただ私たちは、神さまではない方に目をむけてしまって不安に怯えているだけです。しかし目線の方向を変えるだけで、主が一緒にいてくださることを知り、誰にも奪うことができない「平安」を見つけることができるのです。一緒に「平安」をみつけましょう。どうぞ、お近くの教会にお越しください。あなたの上にの平安と祝福が豊かにありますように。
【板橋教会】・・・第3週は「恵み会」があります。「聴く」ことの大切さについて分かち合います。板橋キリスト教会ホームページのご意見・ご要望は北村までお寄せください。
今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように。栄光在主
ある人が、神様に「天国が見たい」とお願いした。
神様は、「いいよ、見て来てごらん」と言ったので、
きっと、すばらしいところなんだろうなぁーと思い、 その人は天国を見に行った。
そこには、大きなテーブルに おいしそうな食事が並んでいた。
その人は、「では地獄はどうなんだろう」と思って、 神様に「地獄も見せてほしい」とお願いした。
神様は「いいよ、見て来てごらん」と言ったので、 その人は、地獄も見に行った。
目をそむけたくなるように、ひどいところ なんだろうなぁと思っていたが・・・・・
そこには、大きなテーブルに おいしそうな食事が並んでいた。
あれれ???「天国も地獄も同じじゃないか」 その人は、神様に文句を言った。
すると神様は「よく見てごらん」と言った。
よく見ると、天国にも地獄にもたくさんの人がいた。
そして、どういうわけか、みんな手に とてもなが~い箸がくくりつけられていた。
地獄の方のテーブルについている人は、 並んでいるおいしそうな食事を箸でつまむけど、
みんな 自分の口に入れることばっかり考えていた。
それで、箸がながすぎるので結局、口にする ことができずに、みんな飢えていた。
天国の方のテーブルについている人は 同じように、おいしそうな食事を 箸でつまむけど、
みんな自分の口には入れずに、 隣の人の口に入れ合って、
楽しそうに、 おもいやりをおいしく味わっていた。
「天国と地獄」は、いまの心の状態のことで、 自分のことばっかり考えてしまう時は、
実は自分の心が地獄みたいなんだって!
だけど、どんな時も「相手を思いやる」とき 心の中は天国みたいなんだって。
忙しかったり、あせってしまったり、 イライラしてしまうときなどもあって、
思いやることがむずかしいときもあるけど、 いつでも、だれでも、どんなところでも
天国の食事には自由に与ることはできるんだよ。 という「おはなし」です。
心の食事いかがですか?
分けたら、ふえるのが 「おもいやり」 あなたが、ハッピーでありますように。