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新住所
板橋区仲町23−17
東武東上線 
中板橋駅徒歩12分
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090-8801-0111
(新保牧師携帯)
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今日 : 1271127112711271
昨日 : 574574574
総計 : 970478970478970478970478970478970478
投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-26 06:44:08 (6 ヒット)

  2024.5.26きんたメール第921号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『一緒に生きる・・・』〜どこでも天国〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。沖縄や奄美諸島では梅雨に入りました。そんな時期になって来ているのすね。少しづつ梅雨前線が東に進んできますが、過ごしやすいお出かけ日和でもある時期です。自然を通しても神さまの恵みを堪能していきたいです。世界中にたった1人しかいないそれぞれの特別なわたしたちが、互いに尊重しあい理解し合う姿勢と知恵で満たされますように。求め続けていけますように助けてください。変わらない主の愛に感謝いたします。


 さて、人生にはいろいろなことがありますよね。それぞれにあります。しかし振り返るとなんだかんだと乗り越えて来られたのではないでしょうか。まだその過程にある方々もおられるでしょうか。


 これからも山あり谷あり、さまざまなことがあると思います。でも、神さまは「耐えられない試練」は与えないと言われています。


 受け止め方も感じ方もそれぞれに違いますが、自分にとって面倒なことも、悩んだり葛藤することも成長するためには必要ですよね。


 そんな試練や困難にある時は、自分の力だけで何とか頑張ってしまうと疲れてしまいますので、神さまに祈ることも、助けを求めることも、委ねることも学んでいくことが大切です。


 そして広くて楽な門よりも、見つかりにくくて狭い門を選択するように、どんな時も「誠実さ」を求めることが心に良いのです。


 失敗しても謙虚に学ぶ、上手くいけばまわりの方に感謝する、できないことに縛られるより、今自分ができることに心を向ける、押してダメなら引いてみる、遠回りしたっていい。目的を見失わないように、そのために「正しく判断する知恵」を求め続けていくことが人生の醍醐味とも言われます。


 「神さまと一緒に生きる」生き方は幸せです。こんな自分のために十字架にかかってまで救ってくださる主の愛は、すごすぎて言葉で表現するとしたら「本物の愛」「希望」「信頼」です。まさに「天国」以外に思い浮かばないです。


 あなたのことをすべてご存知の神さまと一緒に生きることを、わたしも含めて求め続けていきましょう。それぞれの中にある天国を広げていきましょう。ご一緒にいかがでしょうか。


「恐れるな。わたしがついている。 取り乱すな。わたしはあなたの神だ。 わたしはあなたを力づけ、あなたを助け、 勝利の右の手でしっかり支える。」‭‭イザヤ書‬ ‭41‬:‭10‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/isa.41.10.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-19 06:29:03 (18 ヒット)

  2024.5.19きんたメール第920号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『お助けマンありがとう・・・』〜聖霊さまの働き〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。祝ペンテコステ! ペンテコステは教会の誕生日でもあります。イエスさまの弟子たちが、聖霊(お助けマン)によって神さまの愛を、それぞれがわかりやすい言葉で伝える力をいただいたからです。相手を尊重して、相手が理解しやすい言葉で伝えられるように聖霊は働いてくださいます。聖霊によらなければ、誰もイエスさまを救い主だと言えないのです。聖霊を注いでくださいます主に感謝いたします。


 さて、聖霊の働きは神さまの御心のままになりますので、わたしたちのそれぞれの都合と一致するとは限らないですよね。


 ここは、わたしたちが学んで成長する大事なポイントになるところです。


 わたしたちは自分の都合の良い時はご満悦です。しかしそうではない時はどうでしょうか。心はどこに向いているでしょうか、何に縛られているでしょうか。


 わたしたちは、心の視野が狭くなってしまう時こそ(そんな余裕のない時こそ)実は学ぶチャンスなのです。


 神さまの前では「そのまんま」でいいのです。「ありのままのそのまんま」で神さまに祈ります。この単純明快なことを目指すだけでいいのです。


 なぜならば、この単純明快そのまんまで神さまに祈ることが自然なのですが、なぜか弊害になる「権利と言う小さな枠」をわたしたちは求めてしまうし選択してしまうからです。


 ゆえに愛することは単純明快ですが、どうしてなのか複雑にしてしまいます。では何が愛することを難しくしてしまうのでしょうか。(自分の都合?、相手の態度?、まわりがそうだから? さまざまありそうです)


 わたしたちは感情を持った人間です。それぞれ気持ちや思いがありますよね。だから、一致しない時は分かり合えないと思うのが普通ですし、どうしても正当化する権利を印籠のように使いたくなるのもわかります。しかしこれも普通だと思っているだけですよね。


 聖霊の働きは、その普通が普通ではないのです。権利が上ではないのです。身勝手な普通に縛られないのです。そもそもわたしたちはそれぞれの自分にとっての都合が良いことを求めているからです。


 ところが、そんな思いからも自由になって十字架の愛と復活に心が向けられるようにお助けマンが働くと、神さまを信じないことが普通だった人がその普通から自由にされて神さまを信じる人になってしまう。神さまに心を向けないことが普通だった人がその普通から自由にされて神さまにいつも心を向ける人になってしまうのです。


 目の見えなかった人が目が見えるようになってしまう。神さまの言葉に耳を傾けなかった人が真摯に耳を傾けて聴く人になってしまう。こんな自分なんか愛されないと思う人が、神さまに愛されていると実感する人になってしまう。権利よりも愛が勝る人になってしまう。ほかにもたくさん言い尽くせないくらいさまざまな温もりを経験をするのです。


 十字架の愛と復活は、そのまんまを受け止められる鍵です。みなさんの中で働きます聖霊さまによって、あなたが豊かに用いられますように。お助けマンを送り続けてくださいます主に感謝いたします。祝ペンテコステ!


「そのとおり、神様はイエスを復活させました。私たちはみな、そのことの証人です。 いまイエス様は、天で最も栄誉ある神の右の座についておられます。そして、約束どおり、父なる神は聖霊を送ってくださいました。その結果、たった今、あなたがたが見聞きしたことが起こったのです。」使徒の働き‬ ‭2‬:‭32‬-‭33‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/act.2.32-33.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-12 06:04:42 (72 ヒット)

 2024.5.12きんたメール第919号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『聞き分ける心・・・』〜知恵を求めて〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。母の日ですね。すべての人には母がいますよね。母の日だけではなくいつも感謝の気持ちを伝えられたらいいのにと思いますが、なかなかそうはいかないので堂々と伝えられるのはいいですね。ありがとうございます。すべてをご存知の主が世界中の母と共にいて守ってくださいますように。母の愛は十字架の愛に近いことに感謝いたします。


 さて、3代目のイスラエル王のソロモンが何がほしいのかと主に尋ねられた時に、公正に正しく判断できる知恵を求めました。私は取るに足らない若者で、どのように振る舞うべきかを知りません。私はあなたのお選びになった民の中にいます。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することが出来るように、「聞き分ける心」をお与え下さい。と求めたのです。


 正しく判断するために「聞き分ける心」を求めるなんて素敵ですよね。私は自分の心配がなくなることを求めてしまいそうです。あなたは今何を求めるでしょうか。


 ソロモンは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めました。そのため知恵に満ちた賢明な心が与えられましたね。


 そして列王記上の3章後半にはソロモンが見事な裁きをした有名なお話しもあります。2人のママがいて、どちらかの産まれたばかりの赤ちゃんが亡くなってしまうのです。残った赤ちゃんは1人います。2人のママはどちらも、その子は自分の赤ちゃんだと主張するのです。


 果たしてどちらが本当のママでしょうか。


そこでソロモンは赤ちゃんを半分に切ってそれぞれに平等に分けて渡すと言いました。それは赤ちゃんを殺して分けると言う意味です。王の言うことは重大です。すると1人のママは賛同します。しかしもう1人のママは赤ちゃんの命を守るために、その子を殺さないでもう1人のママに渡して下さいと言うのです。


 どちらが赤ちゃんのママでしょうか。おわかりですよね。ママなら「その子を殺さないで」とまず我が子の命を守ろうとしますよね。


「これを聞いた王は言いました。「その子を、殺さないでくれと言った女に渡しなさい。その女こそ、ほんとうの母親だ。」」列王記‬ ‭3‬:‭27‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/1ki.3.27.JCB


 結果、赤ちゃんの命を守ろうとしたママのもとに赤ちゃんは戻ることができました。ホッとしました。しかし賛同したママの心のケアも必要です。聞き分ける心と知恵によって正しく裁かれたのです。


 わたしたちには知恵が必要なのです。聞き分ける心が必要なのです。わたしたちの主はわたしたちの罪のために十字架にかかってくださいました。すべての人が十字架の愛を深く理解する知恵を与えられますように。


 そしてこの世のうつろいやすいはかない平安ではなく、どんな時にもなくならない主の平安で満たされますように。また心を惑わされやすいわたしたちが惑わされないように聞き分ける心と知恵を与えてください。


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-05 07:26:42 (25 ヒット)

 2024.5.5きんたメール第918号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『大事なことに気づく・・・』〜それが大事〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。子どもの日であり行楽日和ですね。いかがお過ごしでしょうか。わたしは職場のウォーキング大会期間なのでたくさん歩きました。朝早くから歩くのにちょうどいい気候です。土手では人馴れしたカルガモさんがよって来ます。ほんわかをいただきました。すべてをご存知の主がお一人ひとりの健康を守ってくださいますように。わたしたちに十字架の愛を示してくださいますことに感謝いたします。


 さて、みなさんにとって神さまはどのような御方だとイメージをお持ちでしょうか。閻魔大王みたいな神さまでしょうか。または悪いことしたらバツを与えるなど「恐れ」で操作される神さまでしょうか。


 たとえば、あなたの大切さお子様にはどのように接するでしょうか、恐れで言うことを聞かせようとしますか。やりたい放題何でも子どもの言うことを聞こうとしますか。それとも子どもの気持ちに寄り添いながら正しく判断できる心のある人になってほしいと愛を持って向き合っていきますか。


 わたしたちは、自分がそうしたいと思うように、神さまのイメージを持つのかも知れないですね。またわたしたちの姿勢から確認できるのはわたしも含めて自分の都合の良いように操作したいと言う思いが強いのかも知れないです。


 でも実際に神さまを操作することはできないですよね。なぜならば人が作った像が神さまではなく、神さまがすべてをお創りになられているからです。


 だから恐れを持ってしまうのかも知れません。しかし神さまにとってわたしたちはそれぞれ大切な存在なのです。神さまの愛が溢れんばかりに込められているからです。だからソロモンが「恐れ」ではなく「畏れ」ることが知恵のはじめだと言われています。畏れるとは、神さまを神さまとして理解することです。神さまはすべての創造主なのです。水も空気も植物も動物も愛も知恵も。神さまとの関係に生きることもです。


 そして神さまはどんな御方なのか。聖書のルカによる福音書15章11〜32に放蕩息子のお話しがあります。このお話しから神さまがどのような御方がわかりやすいです。


 ある息子がお父さんから相続財産を生前贈与して自分の分を受け取ると、今までお父さんが一緒の家から遠く離れて好き勝手に生活しました。


 お金がある内は友だちもいて楽しかったのですが、なくなると友だちも相手にしてくれません。社会からも相手にされません。食べるものもなく、みじめな思いでいっぱいになります。自分と言う価値は、今持っているものに主体があるみたいな社会の風潮がわかります。


 でも本当の価値はそうではないですよね。神さまは、その人の存在そのものに目が向いています。彼は自分の愚かさに気づきます。お父さんのところにいた時はすごく恵みに満たされていたことに気づいたのです。お父さんは、持っているものではなく、1人の大切な存在として愛してくれたからです。安心の居場所ですよね。


 しかもお父さんは、放蕩の限りを尽くした息子を責めたり、バツを与えるのではなく、本当に大事なことに気づいた息子を喜ばれるのです。大事なことに気づいた時、わたしたちは悔い改めて感謝と謙遜を知るからです。


 わたしたちもそれぞれ放蕩息子、放蕩娘ではないでしょうか。天のお父さんの大きな犠牲(十字架の愛と復活)によって、わたしたちが神さまの愛に気づいた時、わたしたちは本当に安心の居場所である天国に招かれているのです。主が共にいてくださいますことはすごいことなのです。以下、ルカ15:11〜24を読んでみましょう。このような自分でも愛してくださいます神さまの愛に感謝いたします。


「イエスはもっとよく説明しようと、また別のたとえも話されました。「ある人に息子が二人いました。 ある日、弟のほうが出し抜けに、『お父さん。あなたが亡くなってからでなく、今すぐ財産の分け前がほしいんです』と言いだしたのです。それで父親は、二人にそれぞれ財産を分けてやりました。 もらう物をもらうと、何日もたたないうちに、弟は荷物をまとめ、遠い国に旅立ちました。そこで放蕩に明け暮れ、財産を使い果たしてしまいました。 一文なしになった時、その国に大ききんが起こり、食べる物にも事欠くようになりました。 それで彼は、その国のある人のもとで、畑で豚を飼う仕事をもらいました。 あまりのひもじさに、豚のえさのいなご豆さえ食べたいほどでしたが、だれも食べる物をくれません。 こんな毎日を送るうち、彼もやっと目が覚めました。『お父さんの家なら雇い人にだって、あり余るほど食べ物があるだろうに。なのに自分は、なんてみじめなんだ。こんな所で飢え死にしかけている。 そうだ、家に帰ろう。帰って、お父さんに頼もう。「お父さん。すみませんでした。神様にもお父さんにも、罪を犯してしまいました。 もう息子と呼ばれる資格はありません。どうか、雇い人として使ってください。」』 決心がつくと、彼は父親のもとに帰って行きました。ところが、家まではまだ遠く離れていたというのに、父親は息子の姿をいち早く見つけたのです。『あれが帰って来た。かわいそうに、あんなみすぼらしいなりで。』こう思うと、じっと待ってなどいられません。走り寄って抱きしめ、口づけしました。 『お父さん。すみませんでした。ぼくは、神様にもお父さんにも、罪を犯してしまいました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』 ところが父親は、使用人たちにこう言いつけたのです。『さあ、何をぼやぼやしている。一番良い服を出して、この子に着せてやりなさい。宝石のついた指輪も、くつもだ。 それから肥えた子牛を料理して、盛大な祝宴の用意をしなさい。 死んだものとあきらめていた息子が生き返り、行方の知れなかった息子が帰って来たのだから。』こうして祝宴が始まりました。」ルカの福音書‬ ‭15‬:‭11‬-‭24‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/luk.15.11-24.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-04-28 07:14:00 (29 ヒット)

 2024.4.28きんたメール第917号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『そのまんまでいいのだ・・・』〜信頼も成長させてくださいます主〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。ゴールデンウィークですね。大型連休の方もいますし、いつもと変わらない方もいますよね。いずれにしてもリフレッシュとなりますように。それぞれの与えられています場においてそれぞれが抱えています気持ちに寄り添うことができますように。また世界のリーダーお一人ひとりが自己都合に縛られている考え方からも自由にされて、愛のある知恵で満たされますように。すべてをご存知の主がお一人ひとりに十字架の愛を示してくださいますことに感謝いたします。


 さて、やることがたくさんあってすごく忙しい時に突発的な緊急連絡が入ってきたら、みなさんはどのように対応されますでしょうか。


 もちろん、それぞれに優先順位があると思いますので、まずは最優先にすべきことを対応しながら、そのほかのやることに関してもないがしろにできないので連絡や調整しながら進めていくでしょうか。


 わたしは余裕がなくなると、すぐに焦ってしまうので神さまに祈ります。主が最善へと導いてくださいますので、焦ること、また焦らすようなことへの不満や不平に心が向いてしまう状態にあってもまず誠実さを忘れないように助けてください。と祈ります。すぐに祈れない時もありますので、神さまに祈れますことが嬉しいのです。祈ると落ち着いてきます。


 しかし、しばらくして、また何でこんなにやることが多いんだ。ご飯を食べる時間もないし、何でまたこんな時に、と言う思いが波のように何度も押し寄せてきます。惑わされやすい私を刺激してきます。


 このような時こそ祈れますように、わたしを鍛えてくださいます。忘れると嵐の中でイエスさまから目を離したペテロのようにすぐ荒波に溺れてしまうからです。みなさんにも共通することがあるのではないでしょうか。お一人ひとりを鍛えてくださいます主に感謝いたします。


 その時のストレスはしんどいのですが、硬い場所が耕されるように心の成長の糧になっていくことに喜びは大きくなります。


 すごいのは、自分の力に頼ろうとしてしまうことも含めて、焦って惑わされやすいから助けてくださいと、そのまんまで主に丸出ししていいのでありがたいのです。


 ただ「そのまんま」って意外に難しいですよね。それだけ普段そのまんまを出せないことが当たり前になっているからです。だから「そのまんま」を出せる安心できる居場所が必要です。神さまに祈るとは「そのまんま」を出す練習になります。一緒に練習しましょう。結果、信頼する心が与えられますように。


 それでも自分の都合を優先したくなります。そうならないとストレスになるからです。でも、それで感情的になったり不誠実になることを正当化はできないですよね。だからそれ以上に自分の都合優先からも自由になれる心へと柔らかくなる方がもっといいのではないでしょうか。なぜならば喜びを分かち合えるからです。この喜びは本当に嬉しいのです。


 そのためにいつも誠実さを忘れないようにしたいのです。忘れやすい自分を受け止めていきます。そして誠実さを忘れないように主の十字架の愛と復活こそ、人生の土台としてくださいますようにと祈ります。ご一緒に祈れれば嬉しいです。心に嬉しい喜びを分かち合えますように。


「良い生き方をする人は、柔和な行いを身につけた、知恵のある賢い人です。」ヤコブの手紙‬ ‭3‬:‭13‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/jas.3.13.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


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