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新住所
板橋区仲町23−17
東武東上線 
中板橋駅徒歩12分
連絡先
090-8801-0111
(新保牧師携帯)
アクセスカウンタ
今日 : 389389389
昨日 : 2066206620662066
総計 : 1001305100130510013051001305100130510013051001305
投稿者 : church 投稿日時: 2024-06-09 06:44:35 (37 ヒット)

  2024.6.9きんたメール第923号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『嘆いてもいい・・・』〜嘆きの中にある思いに気づかせてください〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。いつも、神さまに心を向ける人は幸いです。でも、実際は目の前のいろいろなことに心がとられやすいのがわたしたちです。そんなわたしたちですが、そこから豊かな知恵を求めることができますように1人ひとりを助けてください。世界中にたった1人しかいないそれぞれの特別なわたしたちが、互いに尊重しあい理解し合う姿勢と知恵で満たされますように。何があっても変わらない主の愛に感謝いたします。


 さて、先日はキリスト教会が経営母体の認知症専門のグループホームを母と一緒に見学させていただきました。私の母も認知症なので、今後のことも考えて何度も母に確認しましての見学です。


 見学に行くまでは、確認するとその都度見学はしてみたいと言うのですが、また忘れてしまうので何度も確認します。


 しかし実際に見学するとやはり不安になるみたいなのです。変化に弱いのですから当然です。だから「参考のための見学だけだよ」と言うことも何度も伝えて安心してもらうようにしています。ちなみに見学させていただいたグループホームにいる方々は笑顔が多かったですが、まったく笑顔のない方もおられました。そのため安心の居場所になれるようにと目指す姿勢が伝わってきました。


 認知機能に何らかの障害があるので認知できないのですが、本人なりに一生懸命対応しています。でも、理解されにくいのです。それで本人も周りもイライラしてしまうこともあります。その度に胸が痛みます。ご理解いただける方もおられるのではないでしょうか。


 これだけ医療が進化しているのに、何で認知機能の問題(特に短期記憶機能)には改善する事例がないのでしょうか。生活や対話にも影響してきますしいろいろ考えてしまいます。理解するよりも改善することに縛られてしまいます。それぞれにいろいろあるのではないでしょうか。


 人生には、「何でですか?」と思うことがありますよね。そんな時、わたしたちはどんな気持ちになるでしょうか。


 聖書には、悲しみや苦しみの中で嘆きの祈りの場面が多くあります。そのような中でも、私たちは神さまに向かって嘆きの祈りをしてもいいのだと教えてくれています。


 ちなみに詩編の3割くらいは嘆きの祈りなのもビックリです。「ああ主よ。私は失意のどん底から、 あなたの助けを叫び求めます。 「お願いですから、私の訴えを聞いて、 助けてください。」」詩篇‬ ‭130‬:‭1‬-‭2‬ ‭JCB‬‬


 すべてをご存知の主はかならず最善へと導いてくださいますことに感謝いたします。どうか、向き合って主により頼むことを学ばせてください。信頼と誠実さを忘れないように学ぶことができますように助けてください。


「あなたは私に難題を与え、 苦しみもがくようになさいました。 しかし、あなたは地中深くから私を引き上げ、 再び生き返らせてくださいます。 そして、以前にもまさる名誉を与え、 再び御顔を見せて慰めてくださるのです。」‭‭詩篇‬ ‭71‬:‭20‬-‭21‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/psa.71.20-21.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-06-02 07:37:02 (86 ヒット)

  2024.6.2きんたメール第922号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『心ある生き方を・・・』〜求めて、目指して〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。6月に入りました。いかがお過ごしでしょうか。台風の影響で不安定な時はありましたが、不安定であっても、そこから豊かな知恵を求めることができますように1人ひとりを助けてください。世界中にたった1人しかいないそれぞれの特別なわたしたちが、互いに尊重しあい理解し合う姿勢と知恵で満たされますように。何があっても変わらない主の愛に感謝いたします。


 さて、生涯学習と言われますように学び続けることが大事ですよね。なぜならばヨナ書にもあるようにわたしたちは知らないことがあまりにも多いからです。ただ世界の情報は入りやすい時代にはなりましたが、それでもほんの一部にすぎません。宇宙も海底もすべての生き物、自然も、それぞれさまざまな人の気持ちもすべてがわかるわけではないですよね。


 だから知恵が必要です。ソロモンの知恵は面白いですね。正しく聞き分ける心を求めたソロモンが、裁いた有名なお話し(赤ちゃんを取り合うママの裁判)も以前させていただきました。


 ソロモンが神さまから与えられた知恵によって、本当のママのもとに赤ちゃんは戻りました。「めでたし、めでたし」で終わってしまうことが多いのですが、今回はこのお話しに出てきたもう1人のママにスポットをあててみたいのです。


 なぜ、このママは、ほかのママの赤ちゃんだと知っているのに自分の赤ちゃんだと言い出したのでしょうか。


 人の心の中はわかりにくいですよね。だから、直接このママとお話しができたらいいのですが、そうはいきません。そこで、あくまで一つの考察として共有させていただきます。じっくりやると長くなってしまうのでポイントだけにします。


 まず背景から確認すると、ー分の大事な赤ちゃんが亡くなってしまったらどんな気持ちになるでしょうか。⊆け止められない状態の時に、別の赤ちゃんがいたらどうしたくなってしまうでしょうか。心が傷ついた時、どのようにして自分を慰めようとするのでしょうか。


 ソロモンはどのようにして、傷ついたもう1人のママをケアしたのでしょうか。


 たしかに、もう1人のママの背景を考えると胸が痛みます。だからと言って何をしても良いと言うわけではないですよね。


 でもね。この傷ついたもう1人のママの気持ちに寄り添ってケアすることが必要です。特に法治国家としては法律は必要ですが、それ以上に「心」が必要です。法治国家の課題ですね。なぜならば癒された人は、同じように傷ついた人に寄り添える力を得るからです。ここは大事ですよね。


 イエスさまの十字架の愛と復活は、どの人にも必要な救いになります。もちろん、もう1人のママにも救いになります。世界にはわからないことだらけですが、すべての人に共通する救いはすべてをご存知の神さまの愛だけだからです。


 他人事ではなく自分事になった時、あまりのショックで受け止められない時、すごく傷ついた時、重荷を背負ってしまう時、裏切られたように感じる時、プライドが保てない時、頭に来て感情を抑えられない時、思い通りにいかない時、投げやりになってしまう時、イライラして気持ちのコントロールがつかないなんて時がありますよね。感情があるのですからそれは普通ですが、気持ちの行き場が課題です。


 そう言うわけで、もう1人のママは裁かれて終わりではなく、癒やされるためにケアが必要なのです。「普通ならしない言動」のある時は、大概心を暗闇が覆うような何かがあるのです。だから責めるよりも、何がその人を追いつめているのかに心を向けて遣う必要があるのです。聞き分ける知恵が必要なのです。それだけでも対応は大きく変わります。


 そして、そんな時こそイエスさまの十字架を思い出してほしいのです。わたしたちが嫌だと思うことが十字架には凝縮されていますよね。そんな嫌なところなのに愛が満ちています。愛はすごいですね。この愛に気づいた時「心」が与えられ「謙遜と感謝」を学ぶ機会になるのではないでしょうか。


 もう1人のママのように傷ついた時も聖霊さまが助けてくださいますように。お助けマンの働きによってイエスさまにそのまんまを差し出せますように。その時にあなたの中で起きます奇跡のような恵みに感謝いたします。主の十字架を見上げていきましょう。


「しかし、彼は私たちの悲しみを負い、 私たちの嘆きをにないました。 私たちは、彼がそんなに苦しむのは、罪を犯して 神に罰せられているからだと思いました。 しかし、私たちの罪のために傷つき、 血を流したのです。 彼は私たちに平安を与えようとして、 進んで懲らしめを受けました。 彼がむち打たれたので、私たちはいやされました。」 イザヤ書‬ ‭53‬:‭4‬-‭5‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/isa.53.4-5.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-26 06:44:08 (39 ヒット)

  2024.5.26きんたメール第921号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『一緒に生きる・・・』〜どこでも天国〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。沖縄や奄美諸島では梅雨に入りました。そんな時期になって来ているのすね。少しづつ梅雨前線が東に進んできますが、過ごしやすいお出かけ日和でもある時期です。自然を通しても神さまの恵みを堪能していきたいです。世界中にたった1人しかいないそれぞれの特別なわたしたちが、互いに尊重しあい理解し合う姿勢と知恵で満たされますように。求め続けていけますように助けてください。変わらない主の愛に感謝いたします。


 さて、人生にはいろいろなことがありますよね。それぞれにあります。しかし振り返るとなんだかんだと乗り越えて来られたのではないでしょうか。まだその過程にある方々もおられるでしょうか。


 これからも山あり谷あり、さまざまなことがあると思います。でも、神さまは「耐えられない試練」は与えないと言われています。


 受け止め方も感じ方もそれぞれに違いますが、自分にとって面倒なことも、悩んだり葛藤することも成長するためには必要ですよね。


 そんな試練や困難にある時は、自分の力だけで何とか頑張ってしまうと疲れてしまいますので、神さまに祈ることも、助けを求めることも、委ねることも学んでいくことが大切です。


 そして広くて楽な門よりも、見つかりにくくて狭い門を選択するように、どんな時も「誠実さ」を求めることが心に良いのです。


 失敗しても謙虚に学ぶ、上手くいけばまわりの方に感謝する、できないことに縛られるより、今自分ができることに心を向ける、押してダメなら引いてみる、遠回りしたっていい。目的を見失わないように、そのために「正しく判断する知恵」を求め続けていくことが人生の醍醐味とも言われます。


 「神さまと一緒に生きる」生き方は幸せです。こんな自分のために十字架にかかってまで救ってくださる主の愛は、すごすぎて言葉で表現するとしたら「本物の愛」「希望」「信頼」です。まさに「天国」以外に思い浮かばないです。


 あなたのことをすべてご存知の神さまと一緒に生きることを、わたしも含めて求め続けていきましょう。それぞれの中にある天国を広げていきましょう。ご一緒にいかがでしょうか。


「恐れるな。わたしがついている。 取り乱すな。わたしはあなたの神だ。 わたしはあなたを力づけ、あなたを助け、 勝利の右の手でしっかり支える。」‭‭イザヤ書‬ ‭41‬:‭10‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/isa.41.10.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-19 06:29:03 (74 ヒット)

  2024.5.19きんたメール第920号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『お助けマンありがとう・・・』〜聖霊さまの働き〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。祝ペンテコステ! ペンテコステは教会の誕生日でもあります。イエスさまの弟子たちが、聖霊(お助けマン)によって神さまの愛を、それぞれがわかりやすい言葉で伝える力をいただいたからです。相手を尊重して、相手が理解しやすい言葉で伝えられるように聖霊は働いてくださいます。聖霊によらなければ、誰もイエスさまを救い主だと言えないのです。聖霊を注いでくださいます主に感謝いたします。


 さて、聖霊の働きは神さまの御心のままになりますので、わたしたちのそれぞれの都合と一致するとは限らないですよね。


 ここは、わたしたちが学んで成長する大事なポイントになるところです。


 わたしたちは自分の都合の良い時はご満悦です。しかしそうではない時はどうでしょうか。心はどこに向いているでしょうか、何に縛られているでしょうか。


 わたしたちは、心の視野が狭くなってしまう時こそ(そんな余裕のない時こそ)実は学ぶチャンスなのです。


 神さまの前では「そのまんま」でいいのです。「ありのままのそのまんま」で神さまに祈ります。この単純明快なことを目指すだけでいいのです。


 なぜならば、この単純明快そのまんまで神さまに祈ることが自然なのですが、なぜか弊害になる「権利と言う小さな枠」をわたしたちは求めてしまうし選択してしまうからです。


 ゆえに愛することは単純明快ですが、どうしてなのか複雑にしてしまいます。では何が愛することを難しくしてしまうのでしょうか。(自分の都合?、相手の態度?、まわりがそうだから? さまざまありそうです)


 わたしたちは感情を持った人間です。それぞれ気持ちや思いがありますよね。だから、一致しない時は分かり合えないと思うのが普通ですし、どうしても正当化する権利を印籠のように使いたくなるのもわかります。しかしこれも普通だと思っているだけですよね。


 聖霊の働きは、その普通が普通ではないのです。権利が上ではないのです。身勝手な普通に縛られないのです。そもそもわたしたちはそれぞれの自分にとっての都合が良いことを求めているからです。


 ところが、そんな思いからも自由になって十字架の愛と復活に心が向けられるようにお助けマンが働くと、神さまを信じないことが普通だった人がその普通から自由にされて神さまを信じる人になってしまう。神さまに心を向けないことが普通だった人がその普通から自由にされて神さまにいつも心を向ける人になってしまうのです。


 目の見えなかった人が目が見えるようになってしまう。神さまの言葉に耳を傾けなかった人が真摯に耳を傾けて聴く人になってしまう。こんな自分なんか愛されないと思う人が、神さまに愛されていると実感する人になってしまう。権利よりも愛が勝る人になってしまう。ほかにもたくさん言い尽くせないくらいさまざまな温もりを経験をするのです。


 十字架の愛と復活は、そのまんまを受け止められる鍵です。みなさんの中で働きます聖霊さまによって、あなたが豊かに用いられますように。お助けマンを送り続けてくださいます主に感謝いたします。祝ペンテコステ!


「そのとおり、神様はイエスを復活させました。私たちはみな、そのことの証人です。 いまイエス様は、天で最も栄誉ある神の右の座についておられます。そして、約束どおり、父なる神は聖霊を送ってくださいました。その結果、たった今、あなたがたが見聞きしたことが起こったのです。」使徒の働き‬ ‭2‬:‭32‬-‭33‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/act.2.32-33.JCB


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


投稿者 : church 投稿日時: 2024-05-12 06:04:42 (99 ヒット)

 2024.5.12きんたメール第919号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。


『聞き分ける心・・・』〜知恵を求めて〜


 敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。母の日ですね。すべての人には母がいますよね。母の日だけではなくいつも感謝の気持ちを伝えられたらいいのにと思いますが、なかなかそうはいかないので堂々と伝えられるのはいいですね。ありがとうございます。すべてをご存知の主が世界中の母と共にいて守ってくださいますように。母の愛は十字架の愛に近いことに感謝いたします。


 さて、3代目のイスラエル王のソロモンが何がほしいのかと主に尋ねられた時に、公正に正しく判断できる知恵を求めました。私は取るに足らない若者で、どのように振る舞うべきかを知りません。私はあなたのお選びになった民の中にいます。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することが出来るように、「聞き分ける心」をお与え下さい。と求めたのです。


 正しく判断するために「聞き分ける心」を求めるなんて素敵ですよね。私は自分の心配がなくなることを求めてしまいそうです。あなたは今何を求めるでしょうか。


 ソロモンは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めました。そのため知恵に満ちた賢明な心が与えられましたね。


 そして列王記上の3章後半にはソロモンが見事な裁きをした有名なお話しもあります。2人のママがいて、どちらかの産まれたばかりの赤ちゃんが亡くなってしまうのです。残った赤ちゃんは1人います。2人のママはどちらも、その子は自分の赤ちゃんだと主張するのです。


 果たしてどちらが本当のママでしょうか。


そこでソロモンは赤ちゃんを半分に切ってそれぞれに平等に分けて渡すと言いました。それは赤ちゃんを殺して分けると言う意味です。王の言うことは重大です。すると1人のママは賛同します。しかしもう1人のママは赤ちゃんの命を守るために、その子を殺さないでもう1人のママに渡して下さいと言うのです。


 どちらが赤ちゃんのママでしょうか。おわかりですよね。ママなら「その子を殺さないで」とまず我が子の命を守ろうとしますよね。


「これを聞いた王は言いました。「その子を、殺さないでくれと言った女に渡しなさい。その女こそ、ほんとうの母親だ。」」列王記‬ ‭3‬:‭27‬ ‭JCB‬‬ https://bible.com/bible/83/1ki.3.27.JCB


 結果、赤ちゃんの命を守ろうとしたママのもとに赤ちゃんは戻ることができました。ホッとしました。しかし賛同したママの心のケアも必要です。聞き分ける心と知恵によって正しく裁かれたのです。


 わたしたちには知恵が必要なのです。聞き分ける心が必要なのです。わたしたちの主はわたしたちの罪のために十字架にかかってくださいました。すべての人が十字架の愛を深く理解する知恵を与えられますように。


 そしてこの世のうつろいやすいはかない平安ではなく、どんな時にもなくならない主の平安で満たされますように。また心を惑わされやすいわたしたちが惑わされないように聞き分ける心と知恵を与えてください。


 ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。


 どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。


 ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主


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