2013.6.2 きんたメール第354です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「板橋キリスト教会のビジョンが見えてきた・・・」
敬愛する皆さま
福岡からです。梅雨の時期です。恵みの雨ですが、足元はすべりやすかったりしますので、気を付けてくださいね。先週は定例役員会でした。「みことばに養われる群れ」を目指すために、教会員でメール配信OKの方に、連盟発行の聖書教育の聖書日課を毎朝メール送信しています。その聖書日課配信を受けることで、実際にどんな思いがあるのかを聞いてみました。
「毎日配信されることで、聖書を読むようになった。」「読めないときもあるが、以前に比べると読むことが多くなった。」「毎朝配信してもらえることで、繋がっている感もあり感謝している。」「旧約聖書で、難しい表現のところがあるので、ポイントだけでも解説してほしい」などなど、はじめた当初の不安の声はまったはなくなって、みことばが身近になってきている感じを受けて、すごく嬉しかったです。とにかく、この配信の意図を理解してくださり、みことばに養われる群れを目指した方向に進んでいることを確認できました。感謝します。「いつも、主が共におられる」こと、どんな時も「主よ〜」と主に呼ばわる者の群れへと成長させてくださいますように。
また、板橋キリスト教会のビジョンについては、ビジョンについての考え方に温度差があるため、中々先に進めない状態でした。そこで、このまま継続して話し合いを進めてよいか否か確認しました。そうすると、もっと具体的に提案してほしいとの声がありました。そこで牧師に、どんな教会を目指したいのか確認すると「傷ついた人が休まれる教会」ということでした。その声に反応して、「どこに行っても受け入れられないと思っている人を受け入れる教会」、つまり「居場所のない人の居場所となる教会」を目指したいという思いがでてきました。どういうことかと言うと、「受け入れ難い人」を「受け入れる」器となることを目指そうとすることになります。
大変にすばらしいビジョンでありますが、大変難しい目標でもあります。従って、本当に真剣に主に求め続けなければ、目指すことができなくなります。それも、そのように用いられる教会の器として、心を一つにして主に求めていくことが必要になります。同時に「休まれる場所」とは、どんなことなのか、今後さらに深めていく必要もあります。そこで、まず一人ひとりそのことを覚えて祈りましょう。と継続していくこととなりました。まだまだ意識の温度差もあるので、じっくり話し合いを重ねて深めていきたいものです。覚えてお祈りください。
【板橋教会】・・・2013年22回目の礼拝です。今日は礼拝後にバイブルクラス、映画会が開かれます。板橋キリスト教会にリバイバルが起こりますように。新保牧師、まつだ兄、なべ兄、じま兄の健康が護られますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。ご意見・ご要望は北村までお寄せください。
今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2013.5.26 きんたメール第353です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「主により頼む群れ・・・」
敬愛する皆さま
板橋からです。先日は息子の9歳の誕生日でした。朝からサッカーの遠征試合で付き添いました。嬉しいことに今回の遠征場所は松戸でしたので、息子にとっては祖父と祖母(松戸在住)に応援に来てもらったのです。3〜4年生混合で11人の20分ハーフ制ですから、1試合40分を5試合通しで行いましたから、子どもたちはクタクタでした。それでも、最後まで一生懸命頑張りました。ちなみに、息子はフォワードなのでバースデーゴールを目指して頑張りましたが、相手が1年先輩たちですから、力の差は歴然としていました。しかし、強い相手と戦うことは、とってもよい刺激になるし、選手にとってはありがたいことです。ただ最後まで点がとれなかったことで、自分の役割を果たせなかったと落ち込んでいました。よい経験となりました。
板橋キリスト教会は、今は経済的に厳しい状態です。会堂を維持することで精一杯ですが、余裕がないときに、私たちはどんな風に心を使うのでしょうか。ビジョンが明確だと、主に心を向けて、そのために前進しようと一致できますので、多少の困難があっても、私たちの目は目的からそれることがありません。しかし、目的がないと意味がわからなくなり、それぞれの士気に影響がでてきます。
板橋キリスト教会は、新座キリスト教会から分離したとき、心の休まれる教会を目指してやってきました。でも、なぜ心の休まれる教会を目指すのかという理由は、説明されてきていませんので、よくわからなくなるのです。定期的に棚卸しをして、誰にとって、心が休まれる教会なのか、心が休まれることってなんなのか、そのために用いられる板橋キリスト教会の使命はなんなのか、そこに集う私たち一人ひとりの使命はなんなのか、何度でも棚卸をして、意味とか目的を明確にしていく必要があります。
板橋キリスト教会の与えられたビジョンを明確にするためには、よいことだけではなく、都合の悪いことにも向き合っていく必要がありますから、ある意味強い相手と戦うようなものです。サッカーのように点がとれないかもしれないけど、最後の最後まで主により頼んで前進していけるようにと願います。とにかく、主により頼んでいく。そのことが大事になります。私たちは、いつも、主に心を向ける群れであることを心に留めて、覚えてお祈りください。
【板橋教会】・・・2013年21回目の礼拝です。今週は礼拝後に定例役員会があります。板橋キリスト教会にリバイバルが起こりますように。新保牧師、まつだ兄、なべ兄、じま兄の健康が護られますように。姉妹の上に主の慰めが共にありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。ご意見・ご要望は北村までお寄せください。
今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2013.5.19 きんたメール第352です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「主によって・・・」
敬愛する皆さま
福岡からです。今日はペンテコステです。神さまによって、教会が生まれました。また教会は使命を与えられて、それぞれの場所に建てられています。板橋キリスト教会も然りです。だから、中板橋の地にどうして私たちの教会が建てられているのか、真剣に考えないといけないし、そのために心を一つにして祈り求める必要があります。
私たちが心一つにして前進していくには、板橋キリスト教会が起こされた歴史を正しく認識する必要があります。起源を確認することで、板橋キリスト教会の原点を確認することができるのです。しかし、新座教会から分離した時に、多くの人が傷ついて離れてしまったのに、原因がよくわからずに傷ついた人へのケアができませんでした。わかっているのは、当時中心となって役員をされていた兄弟の経営する会社を、先代の牧師が指揮をとっていて、一緒に仕事をしていた人だけが離れてしまったことです。のちにその会社は経営が成り立たなくなっています。
誰もそのことにふれようとしないで離れてしまったので、真相はいまだによくわからないままです。当時者にしかわからないのですが、真実を語る人がいません。しかし、板橋キリスト教会が成長していくには、同じ過ちを繰り返さないためにも、学ぶ必要があるはずです。私たちの弱さを認識するためにも、最悪なときにこそ、何に頼るべきか、神さまが与えてくださった教訓となるはずです。真実が語られ、真実を受け止める板橋キリスト教会の姿勢にもつながることです。
従って、そのことにふれることをしてこなかった牧師と副牧師の責任です。しかし、傷ついている人にとっては、思い出すことさえ辛いことでもあります。そこで傷ついてしまった人の癒しを覚えて祈ることが必要です。完全に癒されるように主に心を一つにして祈り求めていきたいと思います。そのためにも真実を語ること、受け止めることができるように正しく導いてくださいますように。このペンテコステは、一同がひとつになって祈っていたことからはじまっているのです。一つになって祈る。これが教会の原点です。
「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはいけません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」使徒言行録2:36 邪悪なこの時代から救われるように、悔い改めが必要です。そして、傷ついた人が主によって癒されて、主によって信頼し、主によって向き合って、「真実な教会」へと成長していけるように覚えてお祈りください。あなたの祈りが必要です。どうぞ、ご協力お願いします。
【板橋教会】・・・2013年20回目の礼拝です。今週はペンテコステ礼拝です。礼拝後に聖書教育があります。板橋キリスト教会にリバイバルが起こりますように。新保牧師、まつだ兄、なべ兄、じま兄の健康が護られますように。姉妹の上に主の慰めが共にありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。ご意見・ご要望は北村までお寄せください。
今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2013.5.12 きんたメール第351です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「母の愛・・・」
敬愛する皆さま
福岡からです。今日は母の日です。神さま、すべての命なる母をありがとうございます。すべての母に主の祝福が豊かにありますように。
さて、板橋キリスト教会にも、F姉をはじめ、A姉、N姉と教会の母がいます。「いつも、本当にありがとうございます。」
個人的にも私の母や、妻の母、そして妻にも、「いつも、お母さん、ありがとう」と伝えたいと思います。
母というのは、どんなに疲れて眠たくても、子供が泣いてお乳を欲しがれば起きて飲ませることが出来るし、自分を犠牲にしてでも子供を守り、愛し、育てようとします。
自分の都合よりも、子どもにとってよいことを選択するのです。
聖書(列王記上3章 16〜28節) には、ソロモンの知恵として紹介されていますが、「母の愛」が明らかとされる有名なお話があります。
そのころ、遊女が二人王のもとに来て、その前に立った。一人はこう言った。「王様、よろしくお願いします。わたしはこの人と同じ家に住んでいて、その家で、この人のいるところでお産をしました。 三日後に、この人もお産をしました。わたしたちは一緒に家にいて、ほかにだれもいず、わたしたちは二人きりでした。ある晩のこと、この人は寝ているときに赤ん坊に寄りかかったため、この人の赤ん坊が死んでしまいました。 そこで夜中に起きて、わたしの眠っている間にわたしの赤ん坊を取って自分のふところに寝かせ、死んだ子をわたしのふところに寝かせたのです。わたしが朝起きて自分の子に乳をふくませようとしたところ、子供は死んでいるではありませんか。 その朝子供をよく見ますと、わたしの産んだ子ではありませんでした。」
もう一人の女が言った。「いいえ、生きているのがわたしの子で、死んだのがあなたの子です。」
さきの女は言った。「いいえ、死んだのはあなたの子で、生きているのがわたしの子です。」二人は王の前で言い争った。
王は言った。「『生きているのがわたしの子で、死んだのはあなたの子だ』と一人が言えば、もう一人は、『いいえ、死んだのはあなたの子で、生きているのがわたしの子だ』と言う。」 そして王は、「剣を持って来るように」と命じた。王の前に剣が持って来られると、王は命じた。「生きている子を二つに裂き、一人に半分を、もう一人に他の半分を与えよ。」
生きている子の母親は、その子を哀れに思うあまり、「王様、お願いです。この子を生かしたままこの人にあげてください。この子を絶対に殺さないでください」と言った。 しかし、もう一人の女は、「この子をわたしのものにも、この人のものにもしないで、裂いて分けてください」と言った。
王はそれに答えて宣言した。「この子を生かしたまま、さきの女に与えよ。この子を殺してはならない。その女がこの子の母である。」王の下した裁きを聞いて、イスラエルの人々は皆、王を畏れ敬うようになった。神の知恵が王のうちにあって、正しい裁きを行うのを見たからである。
そのように、神さまは私たち一人ひとりを愛してくださる御方です。今週は母に感謝し、母を与えてくださった主に感謝したいと思います。
今週もあなたの上に主の祝福が豊かにありますように。そして、どのような時も正しく判断する知恵に満たしてくださいますように。あなたの上に主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・2013年19回目の礼拝です。今週は礼拝後に手話クラス、恵み会が開かれます。板橋キリスト教会にリバイバルが起こりますように。新保牧師、まつだ兄、なべ兄、じま兄の健康が護られますように。姉妹の上に主の慰めが共にありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。ご意見・ご要望は北村までお寄せください。
今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2013.5.5 きんたメール第350です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「信頼して向き合う心を求めて・・・」
敬愛する皆さま
板橋からです。先日は、息子が友達の家に合宿に行きました。息子がいないと、静かすぎて逆に落ち着かないけど、その分、GW後半我が家に来ていたお義母さんと妻と3人で、天気もよかったので、巣鴨に行き、駒込にある六義園に行ってきました。つつじがとってもきれいに咲いていました。大道芸もあって、話術とコマ回しや、傘回しを楽しみ、たくさん歩き、たくさん話しましたので、お義母さんは帰宅すると、すぐに寝てしまいました。また通訳してくれた妻も疲れたことでしょう。ありがとう。
さて、先週は板橋教会は拡大役員会でした。板橋教会のあるべき姿を目指すために、ビジョンについて話し合いをしましたが、結果は先に進むことができませんでした。と言うのも、板橋教会の歴史を振り返ると、新座キリスト教会から分離する時に傷ついた人がたくさんいたのです。そのことによって教会から離れた人もいます。この問題が根っこにあるために、いつも前進できなかったのですが、今回は、そのことについて向き合う機会となりました。そういう意味では前進したことになります。傷ついた人にとっては、大変大きな問題でしたから、そのことがわかると主の慰めと癒しを祈るのみです。また傷ついて離れてしまった兄弟姉妹の上に主が共にいてくださり、慰めと癒しと平安が共にありますようにと祈ります。そして、傷が癒されるために用いられることを願います。
新座教会(単立)時代は、「伝道者を育成する」ことに重きが置かれていたこともあって、牧師主導型の軍隊に近い教会形成をしていました。牧師が元ヤクザの親分という経歴もあって、言動が激しい場合もありました。そのことによって救われる人もいれば、傷つく人もいたのです。
傷ついた人によって立ち上げられた板橋教会は、前教会の反動もあって牧師主導型と反対の路線を目指してきました。傷ついた人が休まれる場所を目指したのです。しかし、時間が経つと当時のことを知らない人で板橋教会は構成されるようになり、休まれる場所の意味も不明確になってきました。ゆえに教会の方向性がよくわからない状態になってきたのです。そこで、板橋教会が神さまによって与えられている賜物を活かしながら、神さまの愛を伝えるために、何を大事にして、何を目指すべきなのかを確認したいと願ったのです。
ところが、ビジョンを求める声は、当時傷ついた人にとっては、心の奥にしまってあった傷を思い出させてしまうようなことになるみたいなのです。それほどに傷が深いことを確認しました。それで、話がとん挫した状態で拡大役員会は終了しました。だから、まず傷ついた人が癒されなければなりません。癒されるためには向き合って、心の奥にしまっていた思いを吐き出して、少しずつ整理していかなければなりません。そして癒されたことによって、同じように癒すことを目指すようになれればいいのですが、今は向き合うことがつらくて、目指すものがわからない状態になっているのです。だから、もう少し整理する時間が必要です。そして主が整えてくだされば、板橋教会が目指すべきビジョンを共有して、一致して前進していけると信じます。奥にしまった思いを吐き出せるには主に対しての「信頼」が必要です。どんな思いを吐き出しても受け入れていく「覚悟」も必要です。主によって「恐れ」を「安心」へと変えてくださいますように。板橋教会にリバイバルが起こりますように、そのために、主の御手によって完全な癒しが起こされますように、どうぞ、覚えてお祈りください。
今週もあなたの上に主の祝福が豊かにありますように。そして、どのような時も正しく判断する知恵に満たしてくださいますように。あなたの上に主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・2013年18回目の礼拝です。先週は礼拝後に拡大役員会が開かれました。遅くまでお疲れ様でした。新保牧師、まつだ兄、なべ兄、じま兄の健康が護られますように。姉妹の上に主の慰めが共にありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。ご意見・ご要望は北村までお寄せください。
今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主