2016.4.24きんたメール第501号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「見えない壁・・・」
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。熊本とエクアドルの地震で被災されたお一人一人の上に主の癒しと平安が豊かに注がれますように。復旧が速やかに行われますように。覚えてお祈りください。
さて、人と人の間にある見えない壁の一部についてちょっと考えてみたいと思います。
もし「学校に行きたくない」と言う子どもがいたら、皆さんはどうするでしょうか。親としては何とか学校に行ってほしいと普通に考えてしまうものです。そうすると目的は学校に行かせることになるので、怒ったり、なだめたりしながら、学校に行かせようとするかもしれません。
しかし、子どもからすれば、怒られても、なだめられても、批判されているように感じてしまい傷は深まります。上手く気持ちを伝えることに慣れているわけではありませんし、根本的に親に心配をかけたいと思っている子どもはいません。ただ、わかってほしいのです。
自分の立場や先入観に固執すると、相手の気持ちに目が開かれません。このように立場の違いで、「理解できない」という見えない壁が立ちはだかるのは、聴く方が一生懸命壁を作っていることに気づかないことで、さらに強固な壁を一緒につくってしまう場合が多いように思います。
では、見えない壁をなくすためにはどうすればよいでしょうか。目的は学校に行かせることではなく、その子が「幸せになる」ことです。親として一番望んでいることではないでしょうか。だからこそ、学校に行きたくないという気持ちを否定せずに受け止めてあげることです。目的はその子が幸せになることです。学校にいかなくなったらどうしようと親も不安になるでしょうが、その子がそこまで追い詰められて、重い荷物を抱えていたことがわかると不安が少し取り除けます。否定せずに受け止めてもらえる居場所が必要なのです。安心できる居場所がほしいのです。すべての人に共通していることです。
共感できると「一体感」を味わうことができるのです。信頼の「つながり」は見えない壁を壊します。今抱えている困難も必ず乗り越えていけます。聴くことは新たな希望のはじまりです。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。一緒に祈りましょう。ぜひ教会へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日は、礼拝前に子ども会、聖書教育があります。礼拝後は交わりの時があります。東京西教会(母教会)のおひとりひとりの上に主の祝福が豊かにありますように。新保牧師、つのえ兄、わたなべ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2016.4.17きんたメール第500号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「自分との付き合い方・・・」
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。4月14日、16日の熊本を中心に九州の地震で多大な被害がでています。余震も続いており不安の中、非難されて過ごされている方も多くおられます。被災されたお一人一人の上に主の癒しと平安が豊かに注がれますように。特に残された遺族にとっては混乱と痛みは量りがたい状況です。主の癒しと平安が豊かに注がれますように。救援にあたっておられます一人一人の安全もおまもりください。速やかな救援と復旧が成されますように覚えてお祈りください。
さて、自分で自分を責めてしまう 自分が嫌いと思っている方は案外多いように思います。次に繋がる戒めとなればいいのですが、バランスを失うと、どうしても自分のできないところばかりに目が縛られてしまうのです。その目線も習慣になると、それが当たり前になってしまいます。自分との付き合い方は1つではありませんので、今までと違った付き合い方を知ればよいのです。まずはご相談ください。こちらのHPトップのお問合せから連絡をいただけます。
あなたの上に主の平安と癒しが豊かにありますように。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。一緒に祈りましょう。ぜひ教会へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日は、礼拝前に子ども会、聖書教育があります。礼拝後は分かち合いの時があります。東京西教会(母教会)のおひとりひとりの上に主の祝福が豊かにありますように。新保牧師、つのえ兄、わたなべ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2016.4.10きんたメール第499号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「どこを見ているのか・・・」
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。桜の葉が舞う時期になりました。いつも主にこそ目を向けて前進できますように祈り求めていきましょう。主があなたと共にいてくださいますから感謝します。
さて、童話で有名な「うさぎとかめ」のお話があります。足の遅いカメさんをウサギさんが馬鹿にします。そこでカメさんはウサギさんに競争しようと言います。どう考えてもカメさんに勝ち目がないように思われますが、結果はカメさんが勝つという内容です。なぜでしょうか。
馬鹿にする時点で自分と他の人を比較しているので、その人がどこを見ているのかが一目瞭然です。ゴールを見ていれば、それぞれの特性や違いを認め合い、優劣を競う必要はなかったはずです。しかし違うところをみていたので、ゴールにたどり着かなかったのです。
このように、「どこを見ているのか」ということはとても大事なことであることをウサギとカメのお話から示唆を受けるのです。聖書も同じことが問われています。マルタとマリアの姉妹の家にイエスさまが訪問した時、姉のマルタは忙しく給仕をしていました。ところが妹のマリアはイエスさまのお話に聴き入っていました。この時マルタはイエスさまから「目をそらして」、マリアに目を向けたので、自分と比較して何もしていないマリアにイライラしていました。
イエス様を一心に見ていた時、ペテロは荒れた湖上でも前に進めましたが、イエスさまから「目をそらして」荒れた湖上を見た時、恐ろしくなって溺れそうになりました。そんなペテロに「どこを見ているのか、なぜ信じないのか」とイエスさまは救いの手を差出してくださいました。
それだけ私たちは、イエスさまから「目をそらして」しまいやすい、惑わされやすいということを知っておかなければなりません。
私たちは与えられた人生の中で、ウサギにもカメにもなりますから、人との比較に心が奪われたりすることがあると思います。そのような時、いつも、「どこを見ているのか」と言うことを自問自答して、ただ主にこそより頼み、主を見上げて前進できるように祈り求めていきましょう。ウサギとカメの話にふれる機会があるときは、いつもそのことが思い起こされますように。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひ、教会にお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日は、礼拝前に子ども会、聖書教育があります。礼拝後は交わりの時があります。東京西教会(母教会)のおひとりひとりの上に主の祝福が豊かにありますように。新保牧師、つのえ兄、わたなべ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2016.4.3きんたメール第498号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「どんな人生だったのか・・・」
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。4月に入りました。桜も満開の時期でしょうか。3月が護られたことを感謝しつつ、4月の月日も主が共にいてくださいますように祈ります。毎日がイースターのごとく、いつも主が共にいる私として、日々新たにされて過ごして参りましょう。
さて、先日はご高齢の末期がんの方と限られた時間ですが、話す機会がありました。死と向き合う姿がそこにありました。肺がんの末期ですから咳がひどくつらそうでした。しかし、それでもずっと話し続けるのです。
余命僅かですから死に場所も考えておられました。印象に残っているのは咳をすると苦しいけど、そのあと頭がガ〜ンとなって気持ちがよくなるそうです。このまま死ぬのかなと思うそうです。死ぬのかなと思う時、何も考えなくなるそうです。苦しいはずなのに苦しくない不思議な感じだと言っていました。
この方は最後の最後まで自分を全うしたいので、話せる機会をすごく感謝して喜んでいました。それまでは言葉にならない葛藤をされてきたのだろうと思います。「自分の人生はどんな人生だったのか」今まで生きてきたことを振り返る機会もあったことでしょう。その上で限られた時間をどう生きるか、今できることをして死を迎えたい。そんな思いが伝わってきました。
「自分の人生はどんな人生だったのか」それぞれ与えられた人生は違いますが、「主がいつも一緒にいてくださる人生でバンザ〜イ!」と死という通過点で言える人生でありたいと思います。病の中にあるすべての方の上に主の平安と癒しが共にありますように。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひ、教会にお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日は、礼拝前に子ども会、聖書教育があります。礼拝後は交わりの時があります。東京西教会(母教会)のおひとりひとりの上に主の祝福が豊かにありますように。新保牧師、つのえ兄、わたなべ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
2016.3.27きんたメール第497号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「祝イースター2016・・・」
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。イースターおめでとうございます。主が示してくださいました十字架の愛とまことのいのちの復活に感謝してイースターの時を過ごして参りましょう。
さて、イエスさまは「信じること」について教えてくださいます。愛は信じることです。では大事な人に裏切られたとしたら、皆さんはどうされますか。裏切るなら信じられない、愛せない、赦せないとなるのでしょうか。私はそのような影響を受けやすい一人だと思います。
私たちの根本には、認めてもらいたい、愛してもらいたいという欲求がありますので、それを得るために努力をしようとします。でも望んだとおりにならないと、愛とは反対の反応をしてしまいます。このような弱さを抱えているのが私たちの現実です。だからよく考えなければなりません。
本物の愛は、たとえ裏切られたとしても丸ごと受け入れていくものです。裏切られたとしても、それでも信じ続けることです。そのことをイエスさまは身をもって教えてくださいました。私たちには難しいことのように思いますが、本物の愛にふれると人は内側から変えられていくのです。
レ・ミゼラブルに出てくる元囚人のジャン・バルジャンは、人を信じることのできないくらい心が荒んでいました。疲れ切ってたどりついた教会で温かく迎え入れられ食事と安眠が与えられましたが、その教会の食器を盗んで逃げました。警察に捕まり、警官が教会に事情聴取に来たとき、司祭はその食器はその方にプレゼントしたものと擁護しました。そこからジャン・バルジャンは主の前に悔い改めて赦す人へと生まれ変わりました。
イースターの時、皆様の内側で本物の愛が芽生え、豊かに成長されますように。そのために良い土地のごとく聴く耳が耕されますように祈り求めていきたいと思います。あなたを新しく復活させるために主は来られたのです。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひ、教会にお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日は、イースター礼拝前に子ども会、聖書教育があります。イースター礼拝後は食事会・交わりの時があります。東京西教会(母教会)のおひとりひとりの上に主の祝福が豊かにありますように。新保牧師、つのえ兄、わたなべ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主