2018.6.24きんたメール第613号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「新しく創造される・・・」〜十字架の愛〜
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。梅雨らしくなってきた今日この頃です。いかがお過ごしでしょうか。ご自愛くださいますように。大阪地震で被災されましたお一人ひとりの上に主の癒しと慰めと速やかな復旧が進みますように覚えてお祈りください。
さて、先日は息子の授業参観に行ってきました。昔は子供のクラスの1つの授業を参観するという内容でしたが、今はどの授業にも自由に参観できるようになっています。他の学年のクラスの参観もOKなのです。すごくオープンになっています。かなり進化しています。
だから、いろいろのクラスに行って授業の風景を確認できるのですが、各先生は生徒がわかりやすいように視聴覚に訴えるなどいろいろな工夫をしていて、ずっと授業を受けたくなるような思いが伝わってきます。見えないところでの先生の準備も大変なのだろうな〜と思います。
また、学生に関係なく私たちは比較という基準に支配されてしまう場合があります。あの人に比べて自分はできる、できない。持っている、持っていない。そういった基準で優越感、劣等感に心が捕られてしまう弱さを持っています。
今までの習慣から染み付いてしまったそういった基準からも自由にされて、人との比較よりも、目的のために自分にとって最善を尽くすことに心を向けられるようになれれば素敵なことだと思います。そのために十字架の愛があるのです。
「わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。」ガラテヤの信徒への手紙6:14−15
形ではなく、神さまと自分との関係を基準にすることで、神さまが丸ごとそのままの自分を受け止めてくださいましたから、同じように自分を丸ごと受け止めていくための成長を体験(新しく創造)していくのです。そして、関わる方すべての人も神さまがおつくりになられた尊い存在であることを覚えながら、共に成長(新しく創造)していくことを喜べる者となっていきたいものです。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの愛を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日6月24日野外礼拝後バーベキューを予定しています。
祈り:導かれた新来者の救いのために。のだ姉の歩みの上にいつも主が共にいてくださり主の平安が共にありますように。またあかや兄の歩みを祝福してください。なかじま兄の健康が護られますように。新保牧師、つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。常盤台教会の上に、母教会である東京西教会の上に祝福が豊かにありますように。
それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2018.6.17きんたメール第612号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「平和の実・・・」〜その糧になるもの〜
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。肌寒さを感じる梅雨の前半ですがいかがお過ごしでしょうか。ご自愛くださいますように。他の人にはわからなくても、あなたの今の不安や恐れや心配をすべてご存知の主が一緒にいてくださいますから感謝します。一緒にいてくれるということがどれだけ『幸せ』なことかに気づくといいな〜と思います。
どうしてなのでしょう。『一緒にいること』が当たり前になってしまうと見えなくなるのは。だから、一緒にいた人がいなくなって気づくことが多いのだろうと思います。つまり『当たり前』はないということになります。
家族であっても、それぞれの与えられた場でいろいろなことがありますから、抱えている背景は違います。そうすると、言動に惑わされずに、そうしなければならないその心の奥にある見えない気持ちを察することがとても大事になるのです。
そこを受け止めて理解してもらえると少し楽になります。と言うことは同じように受け止める器が成長できたら、なんと素敵なことでしょうか。この器を成長させてくださるのは『痛み』(十字架の愛)です。当座は喜ばしいことではありませんが、後の宝に変えられていくものでもあります。痛みを知った人は痛みを理解することができるからです。
「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」ヘブライ人への手紙12章11節
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの愛を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・礼拝後、交わりの時があります。6月24日礼拝後バーベキューを予定しています。
祈り:導かれた新来者の救いのために。のだ姉の歩みの上にいつも主が共にいてくださり主の平安が共にありますように。またあかや兄の歩みを祝福してください。なかじま兄の健康が護られますように。新保牧師、つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。常盤台教会の上に、母教会である東京西教会の上に祝福が豊かにありますように。
それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2018.6.10きんたメール第611号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「幸せについて・・・」〜豊かよりも貧しいほうが〜
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。6月の2週目になりました。関東の梅雨入り宣言もされ、これから湿気の多い時期になります。しかし、梅雨があるからこそスイカもまたみずみずしくおいしくなるのです。夏に冷たくておいしいスイカをいただくことは幸せに感じます。梅雨の時期も感謝して楽しんで過ごせるように求めていきたいと思います。
さて、「幸せ」について、みなさんはどんな時に幸せを感じるのでしょうか。ほしいものが手に入った時でしょうか。確かにその時は幸せに感じるかもしれません。つまり心が豊かになった時に幸せは感じるのかもしれません。しかし、しばらくするとその幸せはどこかに行ってしまったかのように薄れてしまいます。
では聖書は「幸せ」について、何と書いているのでしょうか。
「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」マタイ5:3
豊かな状態よりも貧しい状態のほうが幸せのようです。他の言い方にすると、お腹いっぱいの時よりもお腹が空いているときの方が幸せであると言えます。何でなの?と思う人も多いのではないでしょうか。
マザーテレサさんが、インドのカルカッタに入った時、飢えていた少年がパンをもって走っていくのでついていきました。そこには、その少年のお母さんと小さな兄弟姉妹が飢えている状態で横たわっていました。しかし、その少年のお母さんは、隣にも飢えている家族がいるので、そのパンを隣の家族に分けて食べさせてあげてほしいと言うのです。
自分のことだけになってしまうと、ほかの人のことはどうでもよいということになります。しかし、それだといくら満たされても幸せではありません。お腹いっぱいになると空腹のときを忘れてしまうように、貧しいときは、貧しいことの辛さを理解できるのです。そのようなときにも「思いやる」ことができるとしたら、まさにその状態が天国になっているし、本当に幸せが一緒にいてくれるのです。イエスさまが言われた「心の貧しい人々は幸いです。天の国はその人たちのものである」という御言葉も理解できるのではないでしょうか。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの愛を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・礼拝後、交わりの時があります。6月24日礼拝後バーベキューを予定しています。
祈り:導かれた新来者の救いのために。のだ姉の歩みの上にいつも主が共にいてくださり主の平安が共にありますように。またあかや兄の歩みを祝福してください。なかじま兄の健康が護られますように。新保牧師、つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。常盤台教会の上に、母教会である東京西教会の上に祝福が豊かにありますように。
それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2018.6.3きんたメール第610号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「喜び楽しむ生き方・・・」〜目的の大切さ〜
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。6月に入りました。5月の月日が守られましたこと、そして6月の月日も主が共にいてくださいますことに心から感謝したいと思います。
先日、すごい生き方をしている人に出会いました。その人の人生の目的は「喜び楽しむこと」だと言うのです。そのためにはとことんへりくだることを学んだそうです。背景がわからないと、それのどこがすごいのかと思いますが、その人は障害があって、誰かの助けがないと生きていけない状況にある人なのです。
はじめは自分が存在することに意味が見いだせずに悩み苦しんだのですが、イエス様の十字架にふれて、180度生き方が変わったのでした。自分の影に目が囚われていた状態から自由にされて、ほかの人の立場や背景も見る目が養われていったのです。そうするとどの人も不自由を抱えていることに気づいたのです。形は違っても本質は同じでした。
それまでは唯一謝らないことで自分を保とうとして生きてきたのですが、目的を与えられて謝る人になったのです。そうすることで争いがなくなっただけではなく、笑顔が増えるようになったというのです。いつのまにか、その人の影響を受けて周囲も笑顔になる人が多くなっていったのです。
「わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。わたしは知った/人間にとって最も幸福なのは/喜び楽しんで一生を送ることだ、と 人だれもが飲み食いし/その労苦によって満足するのは/神の賜物だ、と。」コヘレトの言葉3:10〜13
同じ時間を過ごすなら、不平不満に支配されるより喜んで過ごすほうがいい。その選択肢は自分で自由に決めることができるものなのです。どのような状況に置かれても、喜び楽しむ生き方を目指すことによって、神さまの恵みである素晴らしい発見や気づきが与えられていくのです。見つけにくい時こそ見つけた喜びは大きくなるのです。だから永遠を思う心を与えていただけますように求め続けていきたいと思います。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの愛を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・礼拝後、交わりの時があります。6月24日礼拝後バーベキューを予定しています。
祈り:導かれた新来者の救いのために。のだ姉の歩みの上にいつも主が共にいてくださり主の平安が共にありますように。またあかや兄の歩みを祝福してください。なかじま兄の健康が護られますように。新保牧師、つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。常盤台教会の上に、母教会である東京西教会の上に祝福が豊かにありますように。
それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2018.5.27きんたメール第609号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「リーダーの資質・・・」〜実ほど頭を垂れる稲穂かな〜
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。ペンテコステの後、神さまの一方的な恵みに気づいて満たされた弟子たちは、イエス様がいつも一緒にいてくださることを確信して、全世界に福音(よき知らせ)を伝える人になっていきました。その働きが恵みの中で継承されることで現代に生きるわたしたちのところにも福音が届いたのです。心から感謝したいと思います。
この世の弱肉強食的な基準は、偉いと言われている人が人に仕えてもらうような勘違いをさせてしまいます。しかし知恵のある人は上に立っても立たなくても「実るほど頭を垂れる稲穂かな」のごとく謙遜となり、人に仕えることが使命であるということを認識しています。
自分の存在価値を高めていると勘違いしている人は立場を最大限に利用して威張っていますが、知恵ある人は周りの人の特性を理解して生かしていくのです。周りを生かすことで自分が生きるからです。このように人望のあるリーダーの資質は誰もが見抜くことができるのです。以下聖書に言われていますように主に倣いたいものです。いのちのある群れは、その中心に主の愛が働かれているのです。
「また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という議論も起こった。そこで、イエスは言われた。『異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。』」ルカ22:24−27
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの愛を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かにありますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・礼拝後、交わりの時があります。6月24日礼拝後バーベキューを予定しています。
祈り:導かれた新来者の救いのために。のだ姉の歩みの上にいつも主が共にいてくださり主の平安が共にありますように。またあかや兄の歩みを祝福してください。なかじま兄の健康が護られますように。新保牧師、つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。常盤台教会の上に、母教会である東京西教会の上に祝福が豊かにありますように。
それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
