2020.11.8きんたメール第735号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
『 まことの武具・・・』〜信頼と愛と謙遜〜
敬愛する皆様、いつもありがとうございます。アメリカの大統領選挙はすごいことになっていますが、アメリカにとっての選択であり、立場によってさまざまですが国民1人ひとりの選択の時でもあります。わたしたちにとっても転機となる選択はありますが、自分の生き方としての選択はもっと大事です。思い通りにいってもいかなくても、惑わされないで、人として大事なことを選択できますように祈ります。暴言吐いたり傷つけあうことが目的ではないですからね。それぞれの状況に合わせて主が守り導いてくださいますように。
さて、国や各組織のリーダーは主ではありません。たとえば勘違いして自分が一番だと思っていて、ほかにも一番が現れたら、さてどうなるでしょう。自分が一番の人にとっては、相手が邪魔な存在になりますから、ののしったり、否定したり、争いあったり、めちゃくちゃになりますよね。目的が一番(自分が主)になっているからです。
自分が主になってしまうと、本当の主を忘れてしまうことがわかります。国のリーダーの役割は国民1人ひとりを主のように思って仕えることですが、自分が主になると自分の役割もわからなくなってしまいます。目的が一番だから自分に対してイエスマンは味方でそれ以外は敵みたいになって正しく判断できずに、いつのまにか欲望の奴隷になってしまうからです。
それだけ、権力や地位、お金や性は欲望を刺激しやすいし、魅力的で惑わされやすいのでしょうね。とても身近な問題なのは自分を見てもわかるし、歴史を見ても、どんなに偉い人でも、立派な人でも、惑わされてしまうと正しく判断できなくなっているからです。
だから、役割や目的から目を離さないようにしないとすぐに惑わされてしまいます。しかし、大事なのはそういった「弱さ」があることをまず理解することですよね。そして、自分を一番にするのではなく、神さま(主)にこそ「目を向ける」「一番にする」「頼る」ことを求めていきたいと思います。惑わされないように心を守る武具は主への「信頼」と「愛」、そして主に学ぶ「謙遜」です。
「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。 」マタイ26:41
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へ連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2020.11.1きんたメール第735号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っていに添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
『 本当の安心・・・』〜はどこに〜
敬愛する皆様、いつもありがとうございます。人生は大変の連続ですね。不安材料は底がないと言い切れます。だから希望が必要ですね。何かあるとなくなってしまう希望ではなく、いつまでもなくならない希望があなたの心に注がれますように。それぞれの状況に合わせて主が必要を満たされますように。
さて、皆さんは「安心」を得るために何をされていますでしょうか。そもそも安心とは、心が休まる状態のことですよね。勝ち組になるか負け組になるかみたいな基準は状況が変化すると変わってしまいますし、自分さえよければ他の人はどうでもいい、というやり方もその場しのぎなので、結局安心できずに疲れてしまうはずです。
すごく大事なことは、いつも一緒にいてくださる良き理解者です。一番の安心の支えです。惑わされやすい中で主に心を向けることを求めたいと思います。
創世記に出てくるヤコブさんは、双子の兄がいました。兄が受けるべき長男の特権を自分が得れば安心だと思いこんで、相手の弱みを利用したり騙してでも、それを得ようとしました。
しかし、得たのは兄の怒りと殺意でした。安心しようと頑張ったのに、逆に安心できずに遠くに逃げることになったのです。では本当の安心を得るためにヤコブさんはどうすればいいのでしょうか。安心することのはきちがいは現代でも引き継がれています。以下、考えるヒントになればなと与えられた子どもメッセージです。
「本当の安心」創世記32:36 みんなは「不安」になったことはありますか? 不安になると落ち着かなくなりますよね。ヤコブさんは自分が「安心」したいために、ほかの人をだましてでもいいから「安心」を手に入れようとしました。でも、ほかの人を「不安」にさせて、自分だけよければいいというやり方ではすこしも「安心」できませんでした。神さまはヤコブさんの成長のために、だまされたらどんな気持ちになるのかわかるようにされました。それでヤコブさんは反省します。そして20年して、ようやく自分のしたことに向き合えるようになりました。大事なことに向き合えるように神さまはヤコブさんと格闘したのです。神さまだけが信頼できることがわかったヤコブさんは、だました兄のエサウさんに謝ろうと心に決めて家に帰りました。神さまを「一番」にした時、ヤコブさんは本当の「安心」を知ったのです。
「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ/憩いの水のほとりに伴い魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく/わたしを正しい道に導かれる。死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖/それがわたしを力づける。わたしを苦しめる者を前にしても/あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ/わたしの杯を溢れさせてくださる。命のある限り/恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り/生涯、そこにとどまるであろう。 」詩編23編1〜6節
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へ連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2020.10.24きんたメール第734号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
『 継続は・・・』〜力なり〜
敬愛する皆様、いつもありがとうございます。秋も深まってきた今日このごろです。感染対策を継続しながらも、それぞれのストレスが癒されますように。思いやりの心は忘れないように皆さまが乗り越えていけますよう心からお祈りします。それぞれの状況に合わせて主が必要で満たされますように。
さて、コロナ禍の中、人通りの少ない夜にマスクを外してウォーキングを続けてきましたが、次第に超ゆっくりですが3kmジョギングになり、ここ2,3ヵ月5kmジョギングにまで発展してしまいました。自分の時間、また汗をかくのも走れたことも嬉しいし、気持ちがいいですね。
「継続は力なり」というように、はじめはしんどいのですが、面白いことに脳も身体も順応しようとしてくるのがわかります。
だから、1kmくらい走って身体が温まってくると身体がジョギングモードになってきます。またジョギングアプリも活用しているので、達成すると拍手してくれるし、走ったコースや速度、高低差までわかります。記録が残るので確認できて続けやすいのです。
人は習慣で生きるのがわかりますね。だから、行動も継続すると脳も身体もそのように順応して習慣化するのでしょうか。ちなみにわたしは喘息持ちで、気管拡張薬を持ち歩いていたのですが、癒されたのか、体質が改善されたのか、ここ何年もまったく発作がでなくなりました。生活習慣の影響は大きいと感じます。
と言うことは、人はよい習慣にも悪い習慣にも順応しやすいのがわかります。よい習慣はいいのですが、連続持続の法則のように何も考えなくなるのもよくないので、流されやすいわたしは「目的」と「意味」の確認は常に心がけたいと思います。
また、いつまで続けられるのかわかりませんが、与えていただいた恵みの中でできること、できなくなってくるものを受け止めながら、「継続は力なり」を味わっていきたいと思います。
「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされていきます。」コリント二4:16
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へ連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2020.10.18きんたメール第733号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
『 聴くことは・・・』〜体温を感じること〜
敬愛する皆様、いつもありがとうございます。少し前まで夏だったの?と、すっかり忘れてしまうくらいに肌寒くなっています。ご自愛くださいますように。コロナ禍によるそれぞれのストレスが癒されますように。思いやりの心は忘れないように皆様が乗り越えていけますよう心からお祈りします。それぞれの状況に合わせて主が必要で満たされますように。
さて、先日は「聴くこと」の勉強会に参加させていただきました。「聴く人になりたい」を目指している私にとって、「聴くこと」は一生のテーマです。
今回の学びで感じたことは、聴くことは、体温を感じることなんだと言うことです。つまり「温もり」です。個人差はありますが、その人の心の体温が平熱なのか、そうではないのかを感じることに似ているからです。
普通に身体が冷え切ってしまったら温まろうとしますよね。温まれないと風邪をひいてしまいます。だから寒い時は温もりが必要なように、心も寒いときは強制ではなく共感という「温もり」が必要なのです。
人生には思いがけない出来事もあります。大切な人を亡くされ、毎日泣いて過ごして5年経ち、周りも心配でそろそろ立ち直ってほしいといろいろ声をかけます。するとその人は、『大切な人を思うと胸が痛む』と泣きながら言うのです。さらに、『この痛みがなくなってしまうのはもっと辛いことなのです』とも言います。
聴くことは、問題解決することよりも、その人に寄り添うことを最優先します。『まだ泣いていたい』と言う心に寄り添うことなのです。その心を否定しないことです。それほどの深い痛みなのですから、何年だろうと泣きたいだけ泣いていいのです。その上で大切な人はあなたにいつか笑ってほしいと思っていることをお伝えします。
「わかってもらえた」と感じたその人がどうするのかは、その人が決めていいのです。
そのように「聴く」ことは「体温を感じる」ことと言う視点も共有させていただきます。以下、同じように誰にも理解されなかった女性が「温もり」に触れて癒されたお話です。皆さまの上に必要な「温もり」が注がれますように。
「さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。マルコ5:25〜29
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へ連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2020.10.11 きんたメール第732号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言
「前をみる・・・」〜いつも主に心を向ける〜
敬愛する皆様、いつもありがとうございます。肌寒くなっていますのでご自愛くださいますように。コロナ禍によるそれぞれのストレスが癒されますように。思いやりの心は忘れないように皆様が乗り越えていけますよう心からお祈りします。それぞれの状況に合わせて主が必要で満たされますように。
さて、平均台を覚えていますでしょうか。綱渡り感覚でバランス力を養うために、片足くらいの幅サイズの細長い棒で長さ3〜5mくらいの平均台。子どもの頃、体育の時間などでよくやったのではないでしょうか。
コツは「前を見る」こと。なぜならば「不安」になるのは「足もと」をみてしまうからですね。落ちたらどうしようと考えて足がすくんでしまうと心が不安でいっぱいになるからです。
では、下ではなく前を見るとどうでしょうか。人は進むほうを見るのが道理ですよね。よそ見しながら前に進むのはこわいのが普通です。だから前を見るほうが視野も広がってバランスよく歩けるようになります。そうすると達成感に誘われるようにうれしくなってきますし、バランスもよくなってきますから信頼と安心で心はいっぱいになります。不安の入る場所がありません。
聖書にも同じようなことが書いてあります。マタイ14:22-34です。暴風で荒れている中、波立つ湖の上をペテロさんが歩くのです。ありえないような話ですが、ペテロさんは前にいるイエスさまだけを見てる時は湖上を歩いて前に進めたのです。しかし、足もとを見たとたん(イエスさまから目を離したとき、心の中に不安が一気に入ってきて)怖くなって溺れそうになったのです。思わず「主よ助けて」とイエスさまに求めました。わたしも、ペテロさんのように何かあるとすぐに溺れそうになりますが、大事なことは前をみるように、どんな時も主に心を向けることを学び続けていくことですね。今回は「前をみる」、いつでも「主に心を向ける」ことを共有させていただきます。
「私が主を尋ね求めると/主は私に答え/あらゆる恐怖から助け出してくださった。主を仰ぎ見る人は輝き/辱めに顔を伏せることはない。」詩篇34:5−6
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へ連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
