敬愛する皆さま
いつも、ありがとうございます。
6月10日(火)から23日(月)まで中国に行きます。ネット環境もわからないため15日(日)、22日(日)の配信はお休みさせていただきます。
すべてをご存知の主が、あなたを守ってくださいますように。まず神さまに心を向ける練習をし続けていけますように。主の祝福が豊かにありますように。
2025.6.8きんたメール第975号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言
『聖霊さまを迎えましょう・・・』〜祝2025ペンテコステ〜
敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。ベンテコステ(聖霊降臨を覚える時)に感謝いたします。教会の誕生日おめでとうございます。お助けマンであります聖霊さまは、わたしたちを恐れから自由にしてくださいます。強めてくださいます。まず神さまに心を向ける生き方へと導いてくださいますように。神さまの知恵と温もりで満たされますように。
さて、ベンテコステは使徒言行録2章にありますように、お助けマンであられます聖霊さまの働きによってそれぞれが1つになって神さまを礼拝する教会としてはじまりました。すごいことですよね。神さまの御心が理解できますように、それぞれに神さまの愛と知恵を与えられたのです。
そして神さまの愛を分かち合うことができますように実践する力をも与えてくださいましたね。違う音がハーモニーとなる讃美は感動します。神さまの恵みに感謝いたします。
そのように、ベンテコステによって、1人ひとりの内に聖霊さまが宿るようにしてくださいました。そのことによって、神さまとのつながりを取り戻してくださったのです。
すごいのは、とるに足りないわたしも含めて、さまざまな言語で理解することができるようにそれぞれに本物の愛を示してくださいました。つまり、どの人も神さまにとっては大切な存在なのです。すべての人に福音は開かれていることがわかるようにしてくださいました。
さらに、不確かな恐れなどに臆病になっていたわたしたちが、自由にされて大胆に福音を語れるようにしてくださったのです。なぜならばお助けマンである聖霊さまによって、信仰が強められ、神さまの愛と知恵に満たされて必要な役割や働きを果たす勇気をそれぞれに与えられたからです。ご一緒に教会で神さまを讃美しましょう。あなたもその1人ですよ。
「しかし、父がわたしの代わりに助け手(聖霊)を送ってくださる時には、その方があなたがたにすべてのことを教え、わたしが話しておいたことを、みな思い出させてくださるのです。」ヨハネの福音書 14:26 JCB
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。あなたの上に主による知恵と聴く耳が開かれますように。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2025.6.1きんたメール第974号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言
『献げることと委ねること・・・』〜そのような心を与えてください〜
敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。来週はベンテコステ(聖霊降臨を覚える時)ですね。教会の誕生日でもあります。お助けマンであります聖霊さまは、わたしたちを自分中心から自由にしてくださいます。まず神さまに心を向ける生き方へと導いてくださいますように。神さまに信頼して委ねる生き方を学ばせてくださいますように。神さまの知恵と温もりで満たされますように。
さて、ベンテコステによって弟子たちが新しくされていきました姿勢の「献げること」と「委ねること」について、少し考えてみたいと思います。やもめの献金(ルカ21:1-4, マルコ12:41-44)のお話しから聴いていきますね。
イエスさまは、裕福な人々が多くの献金をする一方で、貧しいやもめがわずか2枚のレプタ銅貨(現代なら200円くらい)を献げる姿を見て、彼女の献金こそが最も価値あるものだと称賛しました。
なぜでしょうか。それは彼女が余裕のある中から献げたのではなく、自分の持っているすべてを献げたからです。
どう言うことでしょうか。彼女は神さまだけが頼りだったのです。その上で神さまに委ねたのです。お任せしたのです。わたしたちは彼女のようにできるでしょうか。いざと言う時は、わたしたちには彼女の姿勢が必要なのです。まず神さまに心を向ける練習をし続けて学び続けていきましょう。
献げることは、単に額の問題ではなく、心の姿勢にあることが理解できますね。彼女は、自分の必要を神さまに委ね、すべてを献げました。 彼女は、自分にとって大切なものを差し出し、神さまへの信頼を示しました。
まず神さまに心を向ける練習を日々し続けていきましょう。献げることは、自分の持っているもの、時間、愛、資源を自発的に差し出す行為ですが、それを委ねることで、より大きな信頼と平安が生まれるのです。
実践しようとすればわかりますが、わたしたちの中には惜しむ思いや損得など自己都合に縛られていることがわかるのではないでしょうか。来週の6月8日(日)はベンテコステです。だからこそわたしたちには十字架の愛と、お助けマンであります聖霊さまの助けが必要です。
「自分のしようとすることをみな、主にゆだねなさい。 信頼する者を、主は助けてくださいます。」詩篇 37:5 JCB
わたしたちはいざと言う時だけではなく、日頃から神さまに信頼して委ねる心が必要です。なのに自分中心と言う障壁があるのです。ゆえに十字架の愛に感謝いたします。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。あなたの上に主による知恵と聴く耳が開かれますように。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2025.5.25きんたメール第973号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言
『人生を豊かにする・・・』〜知恵と恵み〜
敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。人生を豊かにしたい・・・わたしたちの心の根っこにある思いですね。確かなことは、まず神さまに心を向ける生き方ではないでしょうか。損得、勝ち負け、都合の良し悪しのような自分中心の基準よりも、本物の愛と恵みの中にあることを知って、いつも主が一緒におられます生き方がうれしいからです。神さまの知恵と温もりで満たされますように。
さて、先日、聖書アプリのデボーションから、「キリストにはもう体がない」アビラの聖テレサ著をはじめて知りました。素敵な表現なので視点が豊かになりますね。聖書アプリおすすめします。https://blog.youversion.com/ja/
内容(あくまでわたしの要約)としては、十字架にかけられたイエスさまは肉体がないから、あなたの目がイエスさまの目なのですよ。だからイエスさまも同じものを見ているのですよ。意識していないわたしには耳に痛くハッとさせられます。
同じように口も手も耳も足も心も知性も応答も意識すると視点が豊かにされるのですよ。と、考えさせられる詩になっています。つまり、まず神さまに心を向けることにつながっているからです。
神さまに心を向けることは、見た目に惑わされることなく、もっとも小さくされている人にすることは神さまにすることと同じだからですね。
わたしたちはどうでしょうか。自分にとって都合の良いことだけを求めているのでしょうか。自分に都合の悪いことには聴く耳を持たないのでしょうか。そうだとすると人生を豊かにすることに気づかないかも知れません。自分にとって入りやすい広い門だからです。
しかし十字架の愛にただただ感謝いたします。自分がしてもらいたいことを、同じように必要な人と分かち合うような、分ければ増える恵みを求めるならば、神さまの愛と知恵に満たされて豊かに用いられるのてはないでしょうか。人生を豊かにする狭い門から入りたいと願います。
『あなたがたは、わたしが空腹だった時に食べ物を与え、のどが渇いていた時に水を飲ませ、旅人だった時に家に招いてくれたからです。それにまた、わたしが裸の時に服を与え、病気の時や、牢獄にいた時には見舞ってもくれました。』 (マタイの福音書 25:35-36 JCB)
十字架の愛に感謝いたします。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。あなたの上に主による知恵と聴く耳が開かれますように。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
2025.5.18きんたメール第972号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言
『理解し合うために・・・』〜聴くことは愛〜
敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。話すことと聴くことは、どちらも大事ですね。そこに尊重し合う姿勢(心あるかないか)で天と地の開きが生まれてしまうことがわかります。あなたの関わりが豊かに祝されますように。神さまの知恵と温もりで満たされますように。
さて、理解し合うために何が大事なのかを考えてみたいと思います。
職場でも、家族間でも、友だちとの間でも、さまざまな関わりの間でも、より良くするためには理解し合うことがとても大事だと思います。
そのためには、聴く耳が必要です。聴く耳とは、主体を自由にすることです。自分の思いや考え方を主体にすることもできるし、自分とは違う相手の思いや考え方に主体を置いて聴くこともできるからです。
その基本の土台には、相手の存在そのものを尊重する姿勢が求められます。
そのために必要なのは「理解し合う」姿勢ですね。わたしたちは目の前の見える言動に惑わされやすいのです。また身近であればあるほど、思い込み(自分の都合)が壁になるのです。ゆえに、その言動の背景にある「気持ち」に耳を傾ける必要があるのです。
「理解する」ことの意味がわかりやすいのは、英語の表現です。理解する=understand(アンダースタンド)、つまり「下に立つ」ことが理解することなのです。
上から目線では理解できないからですね。
特に身近な人の間でこそ忘れやすい姿勢になるので、understandingの姿勢を忘れないように目指し続けると、面白いほど「うれしい」が広がります。
常に変化することが普通なので、うまくいかなくてもあきらめずに、学び続ける、目指し続けることが大事なのです。
まず神さまに心を向ける練習をし続けていけますように。十字架の愛こそ、わたしたちの土台となりますようにお助けマンである聖霊さまが助けてください。
「神である主は私に、知恵のことばを授けました。 疲れきった人に何を言ったらいいかを教えるためです。 朝ごとに、主は私を目ざめさせ、 御心への理解を深めさせてくれます。 主のことばを、私は耳をすまして聞きます。 逆らったり、顔を背けたりしません。」イザヤ書 50:4-5 JCB
十字架の愛に感謝いたします。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。あなたの上に主による知恵と聴く耳が開かれますように。
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へご連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主