2021.1.31きんたメール第747号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
『向き合うこと』〜主により頼むこと〜
敬愛する皆さま、いつも、ありがとうございます。コロナ禍の影響が長引いています。生活スタイルも変化し、不安定な状況が続いています。それを誰かのせいにしても意味がないので、そこに心を使うよりも、気持ちに寄り添うという思いやりの心をこそ使いあえますように。皆さまの健康が守られますように。癒しが必要な方々の上に主の癒しが豊かに注がれますように。それぞれの必要を満たしてくださいますように。
さて、以前、ボクシングの基本は「怖くても目をつぷらないこと」と教えていただきましたが、わたしにはとても難しいことだと思います。なぜなら怖いと目をつぶってしまうからです。でも、向き合うということが大事だと言う基本はその通りだと納得しています。
自分が直面している問題にも同じことが言えますよね。もし自分に都合が悪かったら、目をつぶったり、見えないふりをしてしまうかもしれないからです。そういう弱さがあることを理解しつつも、向き合うことを選択できるように目指し続けたいものです。
人生振り返ると目を向けたくない時こそ、向き合うことが大事だったりします。向き合わないままだと心はすっきりしないし、向き合わないクセがついてしまうと、自由ではなく不自由になるからです。
向き合うことは、場合によっては自分のプライドが傷つくし、自分のメンツがなくなってしまうような怖さがあるかもしれません。それだけに、自分の都合や小さな保身に支配されていることに気づくのではないでしょうか。
だから、自分の都合に支配されている不自由から、都合よりも心によい方を選択するという本当の自由を求めるように、いつでも主に心を向けることを知っている人は幸いです。なぜならば、主に任せて向き合おうとする人はあらゆる束縛から自由にされて成長していくからです。
「主はわたしに油を注ぎ/主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして/貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み/捕らわれ人には自由を/つながれている人には解放を告知させるために。 」イザヤ61:1
ぜひ、ご一緒に教会で神さまの「愛」と「知恵」を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら、神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へ連絡ください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
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