2015.2.22 きんたメール第440号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。※今週の週報添付します。
「無理解の中で・・・」
敬愛する皆様、福岡からです。春はもうすぐですね。しかし、まだまだ寒い日が続いていますから、どうぞ、ご自愛くださいますように。皆様の上に主の平安が豊かに注がれますように。
さて、今回は「無理解」について考えてみたいと思います。無理解と言う言葉を調べると、「あることについての理解がないこと」「相手の気持ちなどをわかろうとしないこと。また、そのさま」という解釈がされています。
私たちの日常に中にあふれている事かもしれません。「何で、どうして理解してくれないのか」と思うようなこと。逆に「どうしても理解できない」と思うこと。そのようにどちらもあるのではないでしょうか。日本でも外国の人だからということで差別したりいじめをしたりする人がいます。日本人同士でも、気に入らないからとか、違いがあるからということで、自分のものさしで、いじめることを正当化しても、それは間違いです。ただ自分を正当化したいだけです。自分が無理解な人であることを理解できていないだけです。教会に行っている人でも牧師でも同じことをしている人はいます。私も間違いなくしています。そのように私のようなものを「迫害する者」と言います。だからこそ、反省して自分の目の中の丸太にこそ気づかせてくださいますように主に強く求めます。
サウロはイエス様を信じる人を迫害していました。理解できなかったからです。しかし、イエス様と出会ってから、サウロ(偉大な者)という名前から、パウロ(もっとも小さな者)という名前に変えて、イエス様こそ救い主だと伝える人になったのです。つまり、超エリートマンが、もっとも小さな者になって喜んでいるということです。今度は理解されない者、迫害される側になったのです。理解できますでしょうか。
パウロは何を見つけたのでしょうか。超エリートの栄誉を損失だと思うほどものとは何なのでしょうか。イエス様と出会った人はどうして変えられてしまうのでしょうか。この本物の宝物の正体は何なのか。ここまで人の心を動かすものとは何なのか。ぜひ、教会にきて主に確認してください。本当の愛と平安を受け取ってくださいますように。
無理解の中で、つらい思いをされている人の上に主の慰めと平安が豊かに豊かに豊かにありますように。
【板橋教会】・・・本日は、2015年7回目の礼拝です。礼拝前に子ども会、聖書教育の時があります。午後は定例役員会があります。新保牧師はリハビリ継続中ですが、2月から宣教されています。感謝します。またわたなべ兄は先月末からの放射線治療を終了し退院されましたが、引き続き、主の御手がふれてくださり完全に癒されますように覚えてお祈りください。またふじむら姉の歩みの上に、いつも主が共にいてくださいますように。祝福が豊かにありますように。なかじま兄の北海道での生活が祝されますように。故松田兄のご家族の上に主の祝福が豊かにありますように。つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主
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