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投稿者 : church 投稿日時: 2019-05-26 06:58:37 (71 ヒット)

 本日の聖書  ルカによる福音書13章23〜24節

「主よ、救われる者は少ないのでしょうか。」と言う人がいた。

イエスは一同に言われた。「狭い戸口から入るように努めなさい。」

宣教題「荷物を減らしなさい」  牧師 新保雅雄

ある人が主イエスに「救われる者は少ないのでしょうか」と訪ねました。それに対して「狭い戸口から入るように努めなさい」と主イエスはお答えになりました。人々の関心事は「私は救われるのか」でした。

この後主イエスは、金持ちの議員に言われています「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」(ルカ18:24、25)

さらに主イエスは、「言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ」と語られています。誰もが神の御国へ入りたいと思っています。しかし、実際には、入れない人が多いのです。なぜでしょうか?

御国へ入るには、信仰という切符一枚あればいいのです。しかし、私たちは、あまりにも有り余るものを持ちすぎていないでしょうか。財物や、それを求める欲望という心が、大きすぎるから、狭い入り口からは入れないのです。なぜなら御国へつながる入り口は、狭いからなのです

パウロは、人生は旅のようなものだと言われています。神から生まれ、また神の元に帰る。裸で生まれ裸で帰る。その間の人生は旅。しかし旅の途中で沢山の荷物を持ちすぎるあまり、重たくて自分の家に帰ることが出来なくなる。世は、正に沢山持つ者を成功者と呼ぶからである。

ではどうしたら荷物を減らすことができるのでしょうか。

いままで蓄えてきた世への執着、神から離れ世にとらわれた心を悔い改め、主イエスの十字架によって軽くしていただくのです。その時に狭い入口を通ることが出来るのです。そのことを「自分の十字架を背負ってついて来なさい」と言われています。十字架の先に、そこにこそ神の国の入口があります。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-05-19 06:55:32 (59 ヒット)

 本日の聖書  ルカによる福音書12章36節

「ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトが、ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。イエスはお答えになった。『そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。』」

宣教題「人を裁かない」    牧師 新保雅雄

主イエスのもとにやってきた人が「ピラトが、ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜた」と言うのです。これはエルサレム神殿へ礼拝に来たガリラヤ人を、ポンテオ・ピラトが殺してしまったという意味です。

こうした悲しい事件を聞かされた時の人の反応は、二とおりあります。

一つは、悲しい話を聞いて自分のことのように悲しみ、神の慰めを憐れみを心から祈り、家族を励ます人がいます。

もう一つは、「これは何かのバチが当たったのだ」と考える人、つまり裁く人がいます。因果応報、悪いことが起きるのは、そこに悪い行いや原因があるに違いないと考える人です。

私が若い時に入信していた新興宗教も、悪いことが起きると、その原因を探るんです。信心が足りないから事故に合った、あなたの先祖が犯した罪があなたにたたっている。印鑑が悪い、家の方角が悪い、名前が画数が悪い。そうして高額なお金を払わせる。よく聞く話です。

主イエスは、2節「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」と語られました。

人が善いか悪いかを詮索する人に対して、まず「自分自身を悔い改めなさい」と言われます。誰が罪深いのかを決めるのは神です。 

周りの人と比較して、自分は、あの人よりは真面目だから事故にあわず安全だ、誰々より自分の方が勝っている。などと考えるべきではないということなんです。悔い改めるは自分自身から。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-05-12 10:04:40 (60 ヒット)

 本日の聖書  ルカによる福音書12章36節

「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰ってきて戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。」

宣教題「主を待つ人」    牧師 新保雅雄

主人が出掛けている時、僕達がどうしているかというお話です。この主人と僕との関係は、主イエスと私達の関係を現しています。

僕たちは家に主人がいる時は、当然、誰もが皆、言われた通りに真面目に働いていました。しかし主人が留守の時、違いが出てきます。主人の目がない留守の時に、その人の本当の姿が分かります。

例えば、会社で社長がいないとき、私達は、どういう態度で仕事をしているでしょうか。社長がいてもいなくても同じでしょうか。

主イエスは、信仰生活を裏表なく、どんな時も主イエスを待ち望みながら過ごすべきであることを、「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。」と教えています。

「腰に帯を締める」とは、いつ主人が帰って来ても、すぐ出迎えられるようにするためです。主人が帰って来てから、あわてて帯を締め準備をするようでは、ダメだというのです。

「ともし火」とは、玄関先を照らす光です。主人が夜帰った時に、玄関が真っ暗であったら寂しさを感じるのではないでしょうか。腰の帯とともし火とは、主人を出迎える為の準備を現しています。

主人、つまり主イエスが来られる日は、思いがけない時に突然来られるからです。いつも信仰の生活を送れるようにしていたい。

人が見ている時、教会の時間だけのクリスチャンにならないようにしたいものです。信仰はするもの、見せるものではありません。信仰は神様から頂く恵みです。信仰生活とは恵みに感謝する人生。いつも感謝する人生を送るなら、人にも親切に優しくできるのでは。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-05-04 23:02:32 (80 ヒット)

 本日の聖書  ルカによる福音書24章32節

「二人は『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った」

宣教題「あなたと共に」    牧師 新保雅雄

主イエスが十字架につけられた三日後の日曜日 、二人の弟子がエルサレムからエマオへ向かって歩きながら、主イエスの十字架と復活について熱く語り合っていました。

そこに主イエスが近付いて来て一緒に歩かれたのです。しかし、二人の弟子達には、その方が主イエスだと気づかなかったのです。

エオマの近くまで来ましたが、夕方になり日が沈みかけてきたので、彼らは主イエスを引き止め、一緒に泊まることにしたのです。

その夕食の席で主イエスは、パンを取り、讃美の祈りを唱え、パンを裂いて、この二人の弟子達に、お渡しになりました。

 その瞬間、この二人の弟子たちは目が開き、その人が主イエスだと分かったのです。そしてエマオに向かう道中で、主イエスと語り合った時、自分たちの心が燃えていたことを思い起こしました。

エオマへ向かうとは、人生の旅路を意味します。主イエスは、あなたの人生の旅路を、あなたと共に歩み、聖書を説き明かして下さる。

いま私たちは、主イエスを見ることはできません。しかし、聖書を読む時、礼拝の時、祈りの時、主イエスを心に思う時、その時々に主イエスが共におられて、あなたの人生を共に歩んでくださる。

主イエスを心に思う時、主イエスは、私たちに語り掛け、働き掛けておられることを知って下さい。実に主イエスは、十字架にかかり、死んで三日目に復活され、今日あなたと共に生きておられます。

主イエスは、あなたと共に、あなたの人生を歩んでおられます。今日の聖餐式に、あなたの心の目が開くのを待っておられます。心から祈ってください。主イエスの御声があなたの心に響くでしょう。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-04-28 06:50:03 (100 ヒット)

 本日の聖書  ペテロの手紙第一4章15〜19節

あなたがたのうちだれも、人殺し、泥棒、悪者、あるいは、他人に干渉する者として、苦しみを受けることがないようにしなさい。

しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません。むしろ、キリスト者の名で呼ばれることで、神をあがめなさい。今こそ、神の家から裁きが始まる時です。

わたしたちがまず裁きを受けるのだとすれば、神の福音に従わない者たちの行く末は、いったい、どんなものになるだろうか。

「正しい人がやっと救われるのなら、/不信心な人や罪深い人はどうなるのか」と言われているとおりです。

だから、神の御心によって苦しみを受ける人は、善い行いをし続けて、真実であられる創造主に自分の魂をゆだねなさい。

宣教題「摂理」    牧師 新保清山

1994年1月2日、新保清山牧師62才の時の主日礼拝、宣教テープから拝聴。視聴ご希望の方は教会まで


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