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板橋区仲町23−17
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投稿者 : church 投稿日時: 2012-03-04 05:53:45 (1284 ヒット)

本日の聖書  ヨハネによる福音書4:23

「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。」

宣教題 「ありのままの告白」   牧師 新保雅雄

主イエスは、弟子達とガリラヤへ向かう途中、サマリアのシカルを通りかかりました。 弟子たちは、食べ物を買うために町に行き、主イエスだけが、ヤコブの井戸と呼ばれる井戸に一人残りました。

そこへサマリア人女性が、井戸の水をくみに来ました。正午ごろは、一日の内で最も暑い時です。通常は、この暑い時間帯を避け、朝か夕方の涼しい時に井戸の水をくみに来るものです。しかしこの女性は、人のいない時に水をくみに来たのです。つまり彼女には、人目を避けなければならない理由があったのです。

主イエスは、この女性と言葉を交わして、私が誰だか知っているならば、「あなたの方から、私に頼み、私は、あなたに生きた水を与えただろう」「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

サマリアの女性は、主イエスが言われる、生きた水を求めました。すると主イエスは、「あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われました。そこで、この女性は、人目を避けなければならない自分の罪深さ、過去に5人の夫がいた。現在も結婚していない男性と同棲している。人目を避ける闇を「ありのまま」に告白したのです。

ここに主イエスの言われる「霊と真理をもって神を礼拝する者」の姿があります。「霊をもって礼拝する」とは、聖霊に導かれて礼拝すること、「真理をもって礼拝する」とは、神の御前に、私たちが「ありのまま」を告白することです。

サマリアの女性が、主イエスに自分自身を「ありのままに告白」したように、神の御前に、私たちが素直になって、正直にありのままの姿をさらけ出すとき、本当の救いが訪れるのです。 


投稿者 : church 投稿日時: 2012-02-26 06:50:38 (1331 ヒット)

本日の聖書 ヨハネによる福音書2章19〜21節 

「イエスは答えて言われた。『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。』それでユダヤ人たちは、『この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか。』と言った。イエスの言われる神殿とは、ご自分の体のことだったのである。」

宣教題  『御国を取引する者』  牧師 新保雅雄

ユダヤ人にとって最も大切な過ぎ越しの祭りが近づいてきた。地方や外国からも沢山の人々が、エルサレムの神殿へと上京してくる。

主イエスも弟子たちと共に神殿に入られた。そこには、神に献げる献げ物を売る商人、神殿に献げるお金を両替する両替商達の群れがあり、それを買い求め満足する人々、そしてそれを行うことで、神の祝福があると説教する祭司達。神殿は沢山の人で賑わっていた。

主イエスは、その様子をしばらく見ておられた。そして両替商達の台をひっくり返しお金を撒き散らし、献げ物に売られている動物を逃がしてしまった。主イエスは「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家にしてはならない。」と言われたのです。

物やお金を献げることで満足する人々。またそれを公然と当たり前に教える祭司達。罪の赦しを得、御国での永遠の命の保証を受ける。

そして物、金を惜しげもなく献げる。満足を金で買う者。満足を物で売る者。この情景は、わたしたちの周りにも腐るほどある宗教と言われるもの、それに群がる人々の関係に、少しも変わらない。神の家が世俗的な現世ご利益の宗教に、なり下がってしまっている。

こんなに私は献げ物をしたから満たされるだろう。御国が売り買いされる取引の場になってしまっている。宗教を行っているのに、神は何をしてくれるのか?まさしく神殿の崩壊である。

主イエスが三日で建て直すと言われた神殿とは、十字架による死からの復活、永遠の命のことである。私たちが見えることへの満たしから、私たちの心の中に居られる永遠の宮なのです。弟子達は、聖霊で満たされた時、このことを思い知らされたのです。

 


投稿者 : church 投稿日時: 2012-02-19 07:34:50 (1381 ヒット)

本日の聖書 マルコによる福音書16:20 

「弟子達は出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実である事を、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。」

宣教題 「インマヌエル何度でも起き上がろう」 牧師 新保雅雄

へブル語インマヌエルは、「主が共におられる」とう意味です。主イエスは、インマヌエル、私たちと共におられ共に働いて下さる。

インマヌエルの主イエスを信じている。しかし、悩み、苦しみ、迷いがなくならない。人生が上手く行かない、何をやっても失敗してしまう。何処かに間違いがあるのでしょうか。間違った信仰、不信仰なのでしょうか。これは主が共におられないからなのか。

決してそうではありません。インマヌエル、主イエスが共にいて、共に働いてくださっているから、私たちは、失敗しても悩み苦しみがあっても大丈夫なのです。絶望する必要は無いのです。主イエスが共にいてくださるから、また、やり直せば良いのです。

今の社会は「勝ち組負け組」ということがよく言われます。でもいいのです、負けたって、失敗したって、社会があなたを見捨てたって、それでも神は、あなたを愛してくださるのです。

失敗したことのある人、心に痛みを持っている人、神に従い切れない自分の弱さを知っている人は、強められ、慰められ、勇気と力を与えられます。転んでも支えられます。また立ち上がれるのです。

世で成功することだけにとらわれてはいけません。誰でもつまづき転び苦しみ悩むときがあります。そのときに立ち上がれるかが大切なのです。何度転んでもいいのです。七転び八起きです。

あなたの周りに傷ついている方が居られたら、神様の愛のお話を、また自身のお証しを語ってあげてみて下さい。悲しみの顔が希望の顔に変わるのを見るでしょう。それがインマヌエルのしるしです。




 


投稿者 : church 投稿日時: 2012-02-12 06:00:53 (1346 ヒット)

本日の聖書 マルコによる福音書16:10、11 

「マリアは、イエスと一緒にいた人々がなき悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。」

宣教題  「信仰と配慮」    牧師 新保雅雄

週の初めの日(日曜日)朝早く復活された主イエスは、最初にマグダラのマリアに御自身を現されました。彼女は、以前七つの悪霊から救われました。彼女は、主イエスが十字架に付けられ、息を引き取られるまで見守り、墓に納められる時にも見守っていました。

このマリアに復活した主イエスは、最初に現れました。 マリアは、主イエスにお会いした喜びを弟子達に知らせました。ところがマリアの知らせを聞いた弟子たちは、マリアの言うことを信じませんでした。生きてマリアに現れたことを信じようとはしないのです。

その後、二人の弟子が、田舎へ行く途中、復活の主イエスが現れました。この二人も弟子たちに、主イエスにお会いしたことを知らせました。ところがまたもや弟子たちは、信じようとしませんでした。

弟子たちは、マリアが伝えても、二人の弟子が伝えても主イエスが生きておられることを信じようともせず、確かめることもしなかったのです。不信仰は、かたくなな心をつくります。人の話しを聞くことも、信じることも出来なくなるのです。いくら良い知らせを聞いても、生かそうとしない、信じられるのは、自分の考えだけです。

一方、神を信じる者は、心を開かれやさしい心が与えられます。人の言うことを「そんなことは無い」と、頭から否定することもない。何故なら、神の働きは自分だけではないからです。相手の中にも神が働いていることを思うことです.これが配慮するということです

この時の主イエスの復活の証しが、今日に至るまで全世界へ、福音として伝えられてきたのです。「信じる者になりなさい」

 


投稿者 : church 投稿日時: 2012-02-05 06:48:34 (1444 ヒット)

<p>本日の聖書 マルコによる福音書15章43節 <br />
「アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである」<br />
宣教題 「十字架の死の中にある正義と愛」  牧師 新保雅雄   <br />
ユダヤの議員ヨセフは、主イエスの遺体を渡してくれるように総督ピラトに願い出ました。主イエスが十字架に付けられたのは午前9時、息を引き取ったのは午後3時でした。この日は安息日の前日、金曜日なので、安息日が始まる日没までに墓に葬るためです。<br />
ピラトは、ローマの百人隊長を呼び寄せ、主イエスが本当に死んだか聞きました。この百人隊長は、主イエスが息を引き取られたときにそばで目撃し「本当に、この人は神の子だった」と言った人です。<br />
百人隊長は、主イエスが死んだことを報告しました。ピラトは願いどおり、議員ヨセフに、主イエスの遺体の引きとりを許可しました。百人隊長は、主イエスが息を引き取るまでの一部始終を目撃していました。誰が真実で誰が不正を働いたのか見抜いていたのです。<br />
ヨセフは、主イエスを十字架から降ろし亜麻布で巻きました。それから墓の中に納め、墓の入り口には、石を転がしておきました。弟子達は、主イエスの十字架のときにも、そして遺体を引き取りにも誰も来なかったのです。わずか二人のマリアが見つめていたに過ぎません。こうした中で議員ヨセフが、勇気を出して行動したのです。<br />
最高法院(ユダヤ人議会)が、死刑と定めた罪人の遺体を引き取り葬るということは、そこに所属する議員であるヨセフにとって、将来的に不利益になるのです。しかし彼は、それを覚悟の上で決断したのです。主イエスの死にざまが、ヨセフを動かしたのです。&nbsp;主イエスの十字架の死の中にある神の愛が、正義を求める議員ヨセフの心を動かし、正義を行う勇気を与えたのです。</p>


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