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投稿者 : church 投稿日時: 2011-08-07 07:32:49 (2153 ヒット)

聖句 ルカによる福音書16章15〜17節


イエスは言われた。「あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたたちの心をご存じである。人に尊ばれるものは、神には忌み嫌われるものだ。律法と預言者は、ヨハネの時までである。それ以来、神の国の福音が告げ知らされ、だれもが力ずくでそこに入ろうとしている。しかし、律法の文字の一画がなくなるよりは、天地の消えうせる方が易しい。」


宣教題 「神を誇る」 



ファリサイ派の人々に対して、主イエスは語られました。「あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたたちの心をご存じである。」(15節) 


これは、人目に付く所でだけ、自分の信仰、行い、正しさを、見せびらかして誇ろうとするファリサイ派の人々に、悔い改めを迫っている御言葉です。私達も教会の内と外での顔は違いませんか。


続けて「律法と預言者は、ヨハネの時までである」と主イエスは語られました。ここで言われる「律法と預言者」とは、旧約聖書のことです。バプテスマのヨハネが悔い改めのバプテスマを授けて以来、新しい時代が到来し、神の国は近付いた」という福音が語られました。そして、人々に求められるのは「悔い改め」です。


悔い改めとは、人生の方向転換です。今までの生きかたを改め、神の方へと生き方を転換することです。ところが、実際には、正反対のことが起きました。それは、「だれもが力ずくでそこに(神の国)入ろうとしている」ということです。自分の信仰、自分の善行、自分の力によって神の国の扉を開けようとしているのです。


しかし自分の力では誰一人、神の国へ入ることは出来ません。自己を低くして、主イエスの十字架こそが、神の国へ通じる道であると認め、謙虚に生きる者に、神の国は開かれるのです。

 


投稿者 : church 投稿日時: 2011-07-31 07:43:02 (2386 ヒット)

 


聖句 ルカによる福音書1712


 


イエスは弟子たちに言われた。「つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である。そのような者は、これらの小さい者の一人をつまずかせるよりも、首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がましである。」


 


宣教題 「つまずきの石」    


 


 「つまずきの石」とは、信仰人生という道を歩んでいる人が、つまずいて転んでしまう石のことです。教会も肉を持つ人間の集まりである以上、必ずしも理想的なことばかりが起こる訳ではありません。信仰を同じくすると思っていた兄弟姉妹の言葉や行いによって、傷付けられたり、信仰を揺さぶられ迷う事が、しばしば起こります。主イエスは「つまずきは避けられない」と言われる。

 主イエスは、つまずきを起こさせる兄弟姉妹を戒めているのですが、その中でも特に、「小さい者の一人」をつまずかせることを戒めています。ここで言う小さい者とは、具体的には、弱い人、貧しい人、病気の人、困難や試練を抱えている人、あるいは、自分を守る力のない子どもたちのことです。

 強い人を中心にして教会があるとしたら、教会はどうでしょうか。すがる様な思いで教会に来た人は、弱さゆえに居場所を見付けることが出来ず、迷うことになるのです。教会は、小さい者、弱い者、自分を守れない者こそが大切にされる場所なのです。

 だからこそ主イエスは、強い兄弟の言行で小さな者をつまずかせる人々に向かって「そのような者は、首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がましだ」と厳しく言われます。

 

 私たちは、新しい兄弟姉妹にとって「つまずきの石」になっていないでしょうか。求道者の方のよき兄姉であるでしょうか。弟妹を導いているでしょうか。心に留めたいお言葉です。感謝。


投稿者 : church 投稿日時: 2011-07-24 15:51:22 (2306 ヒット)

聖書 ルカによる福音書16章26節


宣教題 『天と地の恵み』  



 


高価な服を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らす金持ちがいました。毎日、宴会が行われていた。その家の門の前にラザロというできものだらけの物乞いが横たわっていました。彼は、あまりの空腹から、宴会の残り物でもいいから腹を満たしたいと思っていた。


しかし金持ち達は、誰一人ラザロに食べ物をくれる人はいません。ラザロは、弱り切って犬ができものをなめても追い払えません。金持ちとラザロとの間には、超えることの出来ない貧富の差という壁があります。門の中と外では、全くちがう世界がありました。


世においてどんなに貧富の差が大きくとも死は平等に訪れます。しばらくしてラザロと金持ちに死が訪れました。死から目覚めると、ラザロは天の国で宴席にいるアブラハムのそばに連れて行かれました。この世の地獄の様な世界から一転して、天の国に入ることが出来、信仰の父アブラハムと宴席についていたのです。


一方、金持ちは、ラザロとは対照的に、炎の中で熱さと苦しみのあまり目を覚ましたのです。苦しさの中で天を見上げると、はるか遠くにアブラハムと宴会をしているラザロが見えました。


彼は苦しさの中で言います「ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください」しかしアブラハムは言います「わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって越えて来ることができない。」


金持ちは、有り余る自分の財産の、ほんの一部を分け与えることで助かるラザロを助けませんでした。世に壁があり天にも壁があるのです。この壁は、あなたの自己中心な心で築かれるのです。




 


投稿者 : church 投稿日時: 2011-07-17 16:57:47 (1844 ヒット)

聖 書 ルカによる福音書15章20節


宣教題 『神はあなたを待っている』    


二人の息子を持つ裕福な父親がいました。弟の方が、父親に財産の分け前をくれるように願いました。どうせ父の跡継ぎは兄だろうからと思ったのでしょうか。


父親は財産の半分を弟に分けました。弟は、財産を持って遠い国に旅立ちました。そして異国で放蕩の限りを尽くし財産を全て使い果たしてしまったのです。


そのとき飢饉が起こり、食べ物もなく、さまよい歩きました。あまりの空腹に豚の食べるいなご豆を食べてでも、空腹を満たしたいと思いました。豚は、ユダヤ人が不潔と嫌う動物です。その豚の餌でもいい。ユダヤ人としてのプライドを捨てたのです。


こうした悲惨な状況の中で、弟は、ようやく目が開き、幸せとは何かに気が付いたのです。父親のもとにいたときの生活を思い出し、家に帰ることを決断しました


放蕩の限りをし尽くし全財産を使いはたし、天に対しても、父親に対しても罪を犯しました、息子と呼ばれる資格は無い、雇い人の一人として働かせてくれるように言う覚悟を決め、父親のもとへ向かいました。すると、まだ遠く離れているのに、父親は、弟を見つけ、憐れに思い、走り寄って迎え入れ、何も聞かず只思いっきり抱き締めたのです。


ここに、神の愛が示されています。天の父は、立ち帰る者に何も言わず、無条件で迎え入れてくださるのです。「何をしていたのか、このばか者めが!」と非難することもなく、説教する事もなく、とがめもしない。心からの祝福をくださるのです。

 


投稿者 : church 投稿日時: 2011-07-10 20:13:47 (1798 ヒット)

聖 書 ルカによる福音書14章24節


宣教題  『あなたは招かれている』  



ある主人が宴会を開こうとしました。そして宴会の日になりました。主人は、招いておいた人々の所へ僕を遣わして「用意が出来ましたので、おいでください」と知らせに行かせました。


主人は、招待した人々の到着を楽しみに待っていました。しかし、招待した人達は、全員断ってきたのです。主人は怒って僕に命じました。「急いで町の広場や路地に出て行き、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人を連れて来なさい。」


さらに、「通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家を一杯にしてくれ」と命じたのでした。誰でも良いから無理にでも連れて来いと主人は命じたのです。


この喩えは、神の国に入れる人は誰かということです。神の国に入れる人は、神の招きを断らない人たち、用事や都合があったとしても、神の招きに応じる人たちなのです。


更に神は、神の国へ誰でも招いておられることが解ります。もし、神の国に入ることが出来ない人がいるならば、その人は、神から招かれなかったからではなく。せっかく神に招かれているのに、様々な理由を付けて、招きに応じようとしなかった人なのです。

 

では私たちは、どうでしょうか。神の招きに素直に応じているでしょうか。神は、私たちを神の国へと招くために、主イエスを、神の招きのメッセージを携えて、知らせに来てくださったのです。


主イエスを通して語られる神の招きの言葉を、私たちは、どう受け止めているでしょうか。今日、この礼拝の席に座っていることは、神の招きに応じていることの証なのです。

 


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