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新住所
板橋区仲町23−17
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03-6555-5440
(主宰 赤谷拓治)
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投稿者 : church 投稿日時: 2020-01-04 20:27:23 (755 ヒット)

 本日の聖書 ヨハネによる福音書9章38〜39節

彼が「主よ、信じます」と言って、ひざまづくと、イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」

宣教題「神を見る」 牧師 新保雅雄

生まれついての盲人が、主イエスに癒されて目が見えるようになった。そのことを知ったファリサイ派の人が、真意を確かめる為、癒された人に「どうして見えるようになったのか」と尋ねた。彼は、自分が生まれつきの盲人であること、そして癒されたことの一部始終をお証しする

しかしファリサイ派の人々は、信じようとはせず、彼の両親を呼び出し、同じ事を尋ねた。両親は「彼が生まれつきの盲人であることは知っているが、誰が、どうやって息子を癒したのか分かりません。これ以上のことは、直接本人に聞いてください。」と言ってお証ししなかった。両親は、ユダヤ人社会からの締め出しを恐れていたからである。

ファリサイ派の人々は、再度、癒された盲人を尋問した。「神の前で正直に答えなさい。わたしたちは、あの者が、罪ある人間だと知っているのだ」と圧力をかける。しかし彼は、ファリサイ派の圧力に屈しない。前回以上に「あの方が、神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。」と力強く主イエスをお証しした。

ファリサイ派の人々は「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言い彼を外に追い出した。結果的に彼は、ユダ人社会から罪人として追放されていく。しかし彼は、真実を語ることによって、神が見え、神と出会うのです。

社会の中で、主イエスをお証しする生活をおくる時、社会は、あなたを受け入れないかもしれない。その証しのために不利益をこうむったとしたら、それはイエス・キリストに、より近づいたことになるのです。

あなたにイエス・キリストは言われる。「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」


投稿者 : church 投稿日時: 2019-12-22 06:51:35 (685 ヒット)

 祝 クリスマス 

Merry

Christmas

本日の聖書    ルカによる福音2章6〜7節

「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み。布にくるんで飼い葉桶に寝かした。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」

宣教題「主をお迎えする準備は」  牧師 新保雅雄

救い主イエス・キリストは、飼い葉桶の中にお生まれになりました。飼い葉桶とは、家畜のえさ箱のことです。くさく、寒く、不潔な場所です。決して、生まれたばかりの赤ん坊にとって、祝福を受ける場所ではありません。 

神の子なら豪華な神殿で、やわらかい高級な布団に包まれて生まれる。しかし、御子イエス・キリストは、飼い葉桶の中に生まれた。なぜなら「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったから」です。

当時、ユダヤの人々は、住民登録をせよというローマ皇帝の命令によって、それぞれ自分の属する町へ帰って行きました。マリアも夫のヨセフと共に、ベツレヘムの町へ向かったのです。

今日、私たちは、御子イエスのお生まれになる場所を、用意しているでしょうか。私達は、あまりにも世のことに心とられ、自分のことだけで精いっぱいで、神の恵みさえも見えなくなっている。

2千年前のクリスマスも「マリアたちの泊まる場所がなかった」 どうか今宵、静かなイブの中で改めて自分自身を省みてください。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-12-15 07:28:21 (753 ヒット)

 祝 クリスマス イブ

Merry Christmas

本日の聖書    ルカによる福音18章15〜18節

宣教題「神の御子イエス」    黒瀬 博 牧師

イエスに触れていただくために、人々は乳飲み子までも連れて来た。弟子たちは、これを見て叱った。

しかし、イエスは乳飲み子たちを呼び寄せて言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」

ある議員がイエスに、「善い先生、何をすれば永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」と尋ねた。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-12-07 23:05:12 (697 ヒット)

 本日の聖書 マタイによる福音書19章13〜15節

そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスは言われた。「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。」そして、子供たちに手を置いてから、そこを立ち去られた

宣教題「聖霊による導き」 牧師 新保雅雄

主イエスに子供を祝福していただくために、親たちが子供を連れて来ました。これを見て弟子たちは親たちを叱り帰そうとしました。

しかし主イエスは、逆に弟子たちを叱りました。そして「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。」と言われたのです。

主イエスのところに連れてこられた子供たちは、何かしたわけでもないのに、主イエスは「天の国はこのような者たちのものである」と言われる。いったいこれはどういうことなのでしょうか?

ヒントは、子供たちはどうやって主イエスのところにやってきたのでしょうか?です。「人々が子供たちを連れてきた」と書いてある。つまり親に連れられて来たのです。それだけです。努力したどころではない。連れられてきただけです。それが天の国なのです。

「私は自分で主イエスのもとにやってきました」と言うことのできる人がいるでしょうか。わたしは自分が選んで教会に行った、という思いが、いかにごう慢であったか。今朝の礼拝の初めに牧師、司会者が「教会へ来ようとしている兄姉があれば無事に」と祈ります

自分の力で主イエスのもとに来ることができる人などいません。

全ては聖霊の導きです。天の国は、主イエスが一方的にお与えになるものです。同じく子供は自分で教会へ来たのではない。親たちに手を引かれてきたのです。これが聖霊の働きです。どうか心を一つにしてまだ見ぬ兄姉、お休みされている兄姉の為に祈りましょう。


投稿者 : church 投稿日時: 2019-12-01 07:18:32 (716 ヒット)

 本日の聖書 マルコによる福音書13章35節

「だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。」

宣教題「目を覚ましていなさい」 牧師 新保雅雄

本日より、待降節:アドベントに入ります。ご存知の通り、アドベントとは、既に来られた主イエスによってもたらされた十字架の愛を覚え、再び来られる主イエスを待ち望む時のことです。

既に来られた主イエスを覚える、ということは、クリスマスの出来事に思いを向けるということなんです。御子イエス・キリストは、神の独り子であるにも拘わらず、私たちに救いをもたらすために、この世に天から降って来られました。

しかし、私たちは、何のお迎えする準備も整っていなかった。「寝ていた」からなのです。「飼い葉おけの中に神の御子がお生まれになる」ということは、神の御子をお迎えしていない、この世を現しています。「だから、目を覚ましていなさい」と言われるのです。

クリスマスの出来事は、主イエスの十字架と切り離すことは出来ません。クリスマスと十字架は1セットの関係なのです。

お誕生日だから、只、おめでとう! だけじゃないのです。これから始まる十字架の死と表裏一体にあることを覚えて下さい。

では、なぜクリスマスがあるのでしょうか? それは、この世が、あまりに神から離れていたために、神は御子イエス・キリストに、世の全ての罪を背負わせて、世を罪から救おうとされたのです。

だから、  私たちを救おうとされる十字架で示される神の愛、これが、私たちへの本当のクリスマス・プレゼントなのです。

クリスマスは、ドンチャン騒ぎをする事じゃないのです。本当のクリスマスとは、主イエスの十字架を仰ぎ、自分の罪を再認識する日、「肉から目覚める日」なのです。主は言われる「目を覚ましていなさい。」


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