「あなたがたの光を隠してはいけません。すべての人のために輝かせなさい。だれにも見えるように、あなたがたの良い行いを輝かせなさい。そうすれば、人々がそれを見て、天におられるあなたがたの父を、ほめたたえるようになるのです。」(マタイの福音書 5:16 JCB)
「光の練習」
ある日、きんたくんは学校の帰り道、心がずーんと重くなっていました。「ねえ、神さまのこと話したら、また笑われちゃった…」お友だちにイエスさまの愛を話したら、「そんなの信じてるの?」とバカにされてしまったのです。
家に帰っても、心は晴れません。「どうしてこんなに素晴らしい神さまの愛に、気づかないんだろう…」きんたくんは、ぽつりとつぶやきました。
そのとき、ふわりと窓から風が吹いて、カーテンが揺れました。すると、どこからともなく――
「きんたくん、元気ないね」お助けマンが現れました。やさしい目で、きんたくんの隣に座ります。
「うん…神さまのこと話したら、笑われちゃった」きんたくんは、涙をこらえながら話します。
お助けマンは、静かにうなずきました。「それはつらかったね。でもね、ぼくも昔は、神さまのこと、よくわからなかったんだ」「えっ?お助けマンも?」
「うん。誰かが話してくれても、心に届かなかった。だけど、ある日、ぼくの心が暗くて冷たくなっていたとき、イエスさまの十字架の愛が、ぼくの中に光を灯してくれたんだよ」
きんたくんは、目をまんまるくして聞いていました。
「だからね、きんたくん。今はわからない人も、いつかその光に気づくかもしれない。イエスさまは、そんなぼくたちを、ずっと忍耐強く待っていてくれたんだよ」
きんたくんは、ハッとしました。「ぼくも、イエスさまみたいに、待てるようになりたい…!」
お助けマンはにっこり笑いました。「それが、光を輝かせるってことなんだよ。マタイ5:16に書いてあるようにね」
その夜、きんたくんはお祈りしました。「神さま、ぼくが落ち込むときも、笑われるときも、あなたに心を向ける練習を続けられますように。ぼくの光が、あなたの愛を映すものになりますように」
そして次の日――きんたくんは、またお友だちにやさしく話しかけました。笑われても、無視されても、心の中には、イエスさまの光がちゃんと灯っていました。
「あなたがたの光を隠してはいけません。すべての人のために輝かせなさい。だれにも見えるように、あなたがたの良い行いを輝かせなさい。そうすれば、人々がそれを見て、天におられるあなたがたの父を、ほめたたえるようになるのです。」(マタイの福音書 5:16 JCB)
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。今日も一日主の祝福が豊かにありますように。
「だから、いつでも用意していなさい。メシヤのわたしは、思いがけない時に来るのです。」 (ルカの福音書 12:40 JCB)
「ほんとうのあんしん」
ある日、きんたくんは空を見上げて、ふと考えました。「ぼくの人生って、なんのためにあるんだろう? ぼくは、安心したいから、いろんなことをがんばってるけど…それって、ほんとうに大事なことなのかな?」
その日の夜、きんたくんは聖書を読んでいて、こんな言葉に出会いました。「あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るのです。」(ルカ12:40)
「えっ…?“人の子”って、イエスさまのこと?“思いがけない時”って、“いつ?用意する”って、なにを?」
きんたくんの頭の中は、ぐるぐるぐるぐる。安心したいはずなのに、なんだか不安になってしまいました。
そのとき、ふわりと風が吹いて、やさしい声が聞こえました。「きんたくん、そんなに心配しなくていいよ。ぼくは“お助けマン”。一緒に考えよう。」
お助けマンは、きんたくんの隣に座って、こう言いました。「イエスさまは、私たちを愛して、十字架にかかってくださったんだよ。その愛は、どんな不安も包み込むほど大きいんだ。“用意する”っていうのはね、いつでもその愛に感謝して、誠実に生きることなんだよ。」
きんたくんは、十字架の愛を思い出しました。
自分のために命をかけてくれたイエスさまのことを考えると、胸の奥がぽかぽかしてきました。
「そうか…ぼくが安心ばかり求めていたのは、ほんとうは不安だったからなんだ。でも、イエスさまの愛を思い出すと、その不安が少しずつ消えていく気がする。」
それからのきんたくんは、毎日少しずつ、神さまに心を向ける練習をしました。
そして、同じように不安でいっぱいのお友だちがいたら、そっと隣に座って、こう言いました。
「だいじょうぶ。ぼくも不安だったよ。でもね、イエスさまの愛を知ってから、ほんとうの安心を見つけたんだ。一緒に、心を向けてみよう。」
きんたくんは、安心を求めるだけの毎日から、愛を分かち合う毎日へと求めていきました。
そして、いつかイエスさまが来られるその日を、ぽかぽかの心で待ちたいと思うようになったのです。
「だから、いつでも用意していなさい。メシヤのわたしは、思いがけない時に来るのです。」 (ルカの福音書 12:40 JCB)
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。今日も一日主の祝福が豊かにありますように。
「地上のことをあれこれ気に病まず、天上のことで心を満たされていなさい。 」(コロサイ人への手紙 3:2 JCB)
「こころのたね・・・」
きんたくんは毎日元気いっぱい。でも心の奥では、「神さまのことを思いたい」と願っているのに、ゲームやおやつ、友だちとの遊びに夢中になってしまう。何度も「今度こそは」と思うのに、気づけばまた自分の“いつものパターン”に戻ってしまう。
「ぼくって、ダメなのかな…」
きんたくんは、小さな声でつぶやく。
そんなある夕方、きんたくんが公園でしょんぼり座っていると、お助けマンがふわっと現れた。優しい顔で、ただ静かに隣に座り、「どうしたの?」と聴いてくれる。
きんたくんは、心の中にあるモヤモヤやぐるぐるした気持ちを少しずつ話すように。お助けマンは、うなずきながら、時には「それはつらかったね」と言ってくれる。
話すうちに、きんたくんの胸の中にぽかぽかとしたものが広がっていく。
「聴いてもらえるだけで、こんなに楽になるんだ…」
そして、お助けマンが小さな種をひとつ渡してくれる。
「これは“こころのたね”。神さまの愛が込められているよ。毎日、ほんのすこしだけでも、上を向いて“神さま、おはよう”って言うだけでいい。そうやって、このたねは育っていくんだよ」
それからのきんたくんは、朝起きたらそっと手を合わせて「神さま、おはよう」とつぶやいてみる。ふと何かに迷った時、「神さまはどう思うかな?」と考えてみる。完璧じゃなくてもいい。うまくできない日もある。でも、お助けマンに話して、たねに水をあげるみたいに、まず神さまに心を向けることを続けていく。
きんたくんは、自分の中に「神さまはぼくを見捨てない。どんな時でも、やさしく見ていてくれる」と感じるようになった。
「ぼくのこころのたね、ちょっとずつ育ってる気がする」
きんたくんは嬉しそうに笑った。
「地上のことをあれこれ気に病まず、天上のことで心を満たされていなさい。 」(コロサイ人への手紙 3:2 JCB)
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。今日も一日主の祝福が豊かにありますように。
「このように主は誠実なお方なので、約束されたことは千代のちまでも守り、主を愛し、命令を守る者に最善のことをしてくださいます。 」(申命記 7:9 JCB)
かわらぬ愛のおはなし・・・
むかしむかし、きんたくんは ちょっぴりさみしい こころを かかえていました。なかよしだった おともだちが ある日とつぜんに そっぽをむいて、「どうして? ぼく なにか わるいことしたかな…」と、つぶやきました。
きんたくんは、だれかに すきに なってもらうために、がんばっていたのです。えがおを つくって、プレゼントをして、じぶんの きもちを おさえて…。でも、おともだちは さっていってしまいました。
きんたくんは、こころに グレーのくもを だいて、ひとりで すわっていました。
すると、ふわりと あたたかい ひかりが やってきて、そこに お助けマンが あらわれました。
「…おはなし、してもいいよ」お助けマンは、せかさず、さえぎらず、ただ そばに いてくれました。
きんたくんは、すこしずつ、こころのなかの もやもやを はなしていきました。「がんばってたのに、きらわれたのかも…」「ぼくって、だれかに とって たいせつじゃないのかな…」
お助けマンは だまって きいてくれました。そして、そっと 手を にぎって こう いってくれたのです。
「きんたくん、神さまはね、なにも しなくても、あなたの ぜんぶを だいじにしてるよ。
変わらない あいで、ずっと そばにいてくれるんだ。」
そのとき――きんたくんの めに、ほしのような ひかりが うまれました。「…そっか。ぼくが ぼくでいても、たいせつにされてる。神さまって、すごいな…。ありがとう。」
グレーだった空は、すこしずつ いろを かえて、きんたくんの まわりには、にじのような あたたかいひかりが ひろがりました。
それから、きんたくんは、なにかを しなくても、まず 神さまに 心を むけることから はじめました。
それは、ふしぎと こころを あたためる、すてきな 一歩でした。
「このように主は誠実なお方なので、約束されたことは千代のちまでも守り、主を愛し、命令を守る者に最善のことをしてくださいます。 」(申命記 7:9 JCB)
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。今日も一日主の祝福が豊かにありますように。
「あなたは私の隠れ家、また盾です。 あなたのお約束だけが、私の望みです。」(詩篇 119:114 JCB)
きんたくんは心に重たい雲を抱え、毎日を不安と孤独の中で過ごしていました。周りは変わらず、どんなにがんばっても状況は動かず、胸の奥がしぼむような日々。
ある日、きんたくんが夜、涙を流していたとき、やさしい声が届きます。「ここにいるよ。隠れ家は見えなくても、ちゃんとあるんだよ。」
お助けマンはきんたくんの傍に寄り添い、「盾はね、守るだけじゃなく、希望を映す鏡でもあるんだよ」と語りかけます。
きんたくんは、お助けマンから聖書の言葉を受け取ります。
「神さまの約束は、夜明けを待つような光だよ。」
その言葉が、きんたくんの心の奥に少しずつしみ込みはじめます。
状況が変わらなくても、神さまの存在が盾となってきんたくんを守っていることに気づきます。
お助けマンは言います。「神さまの平安は、嵐の中でも心に静けさをくれる隠れ家なんだよ。」
ある晩、きんたくんは空を見上げ、「今日も変わらなかった。でもね、心に小さな希望の光があるからありがとうございます。」とつぶやきます。
それは、お助けマンがくれた神さまの言葉と、守られているという感覚からくる、変わらない状況の中で見つけた平安でした。
こうして「盾の意味」がただの防御じゃなく、苦しさの中に差し込む神さまの愛だと気づくのです。
「あなたは私の隠れ家、また盾です。 あなたのお約束だけが、私の望みです。」(詩篇 119:114 JCB)
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。今日も一日主の祝福が豊かにありますように。