「与えなさい。そうすれば与えられます。彼らは、量りのますに、押し込んだり、揺すり入れたりしてたっぷり量り、あふれるばかりにして返してくれます。自分が量るそのはかりで、自分も量り返されるのです。」 (ルカの福音書 6:38 JCB)
「惜しんでしまうきんたくんに・・・」
きんたくんは、友だちにお菓子を分けてあげられるくらい余裕がある時もあれば、そうでない時もあります。余裕がない時には「自分の分がなくなっちゃうかも」と思って、つい惜しんでしまうのでした。
その日、教会で「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられます」(ルカ6:38)という御言葉を聞き、きんたくんの心はドキンとしました。――「ぼくは、惜しんでしまっている…」と気づいたからです。
心の中で葛藤していると、そこに「お助けマン」が現れました。お助けマンは、きんたくんの気持ちを静かに聴いてくれます。
「惜しんでしまうのは、だれにでもあることだよ。でもね、神さまは惜しまずに愛をくださるんだ」と、やさしく語りかけました。
お助けマンと話すうちに、きんたくんは十字架のことを思い出しました。イエスさまは、自分のいのちまでも惜しまずに与えてくださった――その愛は、きんたくんのためでもある。
「ぼくが惜しんでしまうときでも、神さまは惜しまずに愛してくださるんだ!」と、心が温かくなりました。
その日から、きんたくんは少しずつ変わっていきました。お菓子を分けるときも、時間を分けるときも、「神さまが惜しまずにくださったから、ぼくも分けてみよう」と思えるようになったのです。
友だちに分け与えると、きんたくんの心は不思議と満たされていきました。――まるで神さまが「押し入れ、ゆすり入れ、あふれるまでに量って」くださるように。
「与えなさい。そうすれば与えられます。彼らは、量りのますに、押し込んだり、揺すり入れたりしてたっぷり量り、あふれるばかりにして返してくれます。自分が量るそのはかりで、自分も量り返されるのです。」 (ルカの福音書 6:38 JCB)
よかったら、こちらもごらんくださいね。https://youtu.be/s4CZMDB5ykM?si=ef2phJmTd1nEmxnp
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