「だから、出て行って、すべての人々をわたしの弟子とし、彼らに、父と子と聖霊との名によってバプテスマ(洗礼)を授けなさい。」(マタイの福音書 28:19 JCB)
―「どうして気づかないの?」から「わかろうとする心」へ―
ある日、きんたくんは公園のベンチに座って、空を見上げながら考えていました。「マタイの福音書28章19節にあるように、すべての人にイエスさまの愛を伝えたい。
でも…どうして、こんなにすばらしい愛に気づかない人がいるんだろう?」きんたくんの胸は、もやもやとした思いでいっぱいでした。「神さまの恵みは、こんなに溢れているのに…」
涙がぽろりとこぼれそうになったそのとき、ふわりと風が吹いて、やさしい声が聞こえてきました。「こんにちは、きんたくん。ぼくはお助けマン。その悩み、いっしょに聴かせてくれる?」
きんたくんはびっくりしましたが、心がふっと軽くなって、今まで誰にも言えなかった気持ちを話し始めました。「ぼくは、神さまの愛に気づいてほしくて、がんばって伝えてるんだ。でも、わかってもらえないと、つい責めたくなったり、『どうせ言ってもムダだ』ってあきらめたくなっちゃう…」
お助けマンは、うんうんとやさしくうなずきながら言いました。「きんたくん、それはとっても大切な気持ちだね。でもね、神さまは、愛に気づいた人を通して、まだ気づいていない人にも働きかけてくださるんだよ。
だから、まずはその人の気持ちを聴いてみよう。「わからない』には、理由があるかもしれないから。」
きんたくんは、はっとしました。「そっか…ぼくがまず、神さまに心を向けて、相手を尊重して、理解しようとすることが大事なんだね。」
その日から、きんたくんは「聴くこと」の練習を始めました。お祈りの時間には、神さまに「どうかぼくの心をやわらかくしてください」と願い、出会う人には「あなたの気持ち、教えてくれる?」と声をかけるようになりました。
そして、少しずつ、きんたくんのまわりに、「なんだか、きんたくんと話すと心があったかくなるね」と言ってくれる人が増えていきました。
きんたくんは思いました。「神さまの愛って、伝えるだけじゃなくて、聴くことの中にも、ちゃんとあるんだ。」
「だから、出て行って、すべての人々をわたしの弟子とし、彼らに、父と子と聖霊との名によってバプテスマ(洗礼)を授けなさい。」(マタイの福音書 28:19 JCB)
まず神さまに心を向ける練習をし続けていきましょう。あなたは神さまに愛されています。あなたの存在を感謝いたします。今日も一日主の祝福が豊かにありますように。
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