メインメニュー
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

住所変更のお知らせ
新住所
板橋区仲町23−17
東武東上線 
中板橋駅徒歩12分
連絡先
090-8801-0111
(新保牧師携帯)
アクセスカウンタ
今日 : 107107107
昨日 : 251251251
総計 : 776649776649776649776649776649776649
礼拝説教要旨
礼拝説教要旨 : 2022年7月17日「地の塩、世の光」
投稿者 : church 投稿日時: 2022-07-17 08:04:40 (42 ヒット)

本日の聖書  マタイによる福音書514


「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることが出来ない。」


宣教題「地の塩、世の光」 牧師 新保雅雄


主イエスは、弟子たちに向かって「あなたがたは地の塩である」、「あなたがたは世の光である」と言われています。


主イエスは、何か条件を付けて、「もし、○○ができるならば、地の塩、世の光になれる」だからなれるように、しっかり頑張りなさい、と言われたのではないのです。


また、特に選ばれた人、才能をもった人にだけ言われた訳でもないのです。今のままの、ありのままに「あなたが、地の塩であり、世の光なのだ」と言われています。


ここに、神の恵みによる「幸い」があります。「神が、一方的に、恵みによって、私たちを選んでくださり、地の塩、世の光としてくださった。だから、相応しく生きよう」これが、生き方なのです。


救いも同じです。「何かが出来たから救われたのでは、ありません。」「救われたから神の言われるような人生を生きよう。」なのです。(出エジプト)先に神の救い恵みがあり、感謝の人生があるのです。


光は自分を照らすのではありません。 世の光としての私たちは、自分自身に光が当たることを望むのではなく。世の光として、人々を照らすことや社会を照らすことが光の役目なのです。


ですから、世の光としてのクリスチャンは、この世に仕えることが役目です。その時、光が光らしく輝くのです。また塩も自分自身のためにあるのではなく、周りの腐敗を防ぐための清めに使われる。


地の塩も世の光も、自分のためにではなく、世や人の為にこそ存在します。だからこそ、私たちは、礼拝の場から、地の塩として、また、世の光として、それぞれの働きの場へと遣わされるのです。


印刷用ページ