本日の聖書 マタイによる福音書19章8、9節
イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、モーセは妻を離縁することを許したのであって、初めからそうだったわけではない。言っておくが、不法な結婚でもないのに妻を離縁して、他の女を妻にする者は、姦通の罪を犯すことになる。」
宣教題 「人間のずるさ」 牧師 新保雅雄
今朝の聖書を読んで、皆さんはどのように感じられたでしょうか。離婚をすることが、「良いのか悪いのか」、「どういう場合なら離婚はできるのか」また「どのような離婚なら律法に違反しないのか」 離婚する時はどうすればいいのか?このように思ってしまいます。
「何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と言うファリサイ派の人の言葉に対して、主イエスは「どんな理由があろうと、絶対に離婚をしてはいけないのだ」という離婚禁止の律法として聞こえてしまうのではないでしょうか。
そうであるなら離婚をした人はダメな人、神の御心に背いた人。離婚をしなかった人が偉い人、立派な人である、ということになる。
当時は男性社会です。そのため妻と離縁して新しい女性と再婚したいと願う思いから、妻に「なにか恥ずべき事」はないかとさがし、口実をつくり、離縁を正当化していました。つまり離縁は自分の責任ではない。悪いのは妻のほうだ、自分は被害者だ信仰者だ。
神は創造の時、アダムを御心にとめられ「人が独りでいるのは良くない」と言われ、助け手エバが造られました。男と女との関係は、人間社会の基礎であり、対立のために男と女があるのではない、助け合う関係として造られたのです。しかし人は、自分の欲望のために自分に都合よく、神の律法までもゆがめ正当化していく。
自分は完全な人間ではなく、欠けた人間であることを知りなさい。主イエスは、律法を教えておられるのではないのです。人間の弱さずるさを知りなさい。と言われているのです
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