本日の聖書 マタイによる福音書9章12節
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」
宣教題「あなたは招かれている」 牧師 新保雅
主イエスが、収税所の前を通り掛った時、マタイという人が収税所に座っていました。当時、徴税人は、人々から嫌われた存在でした。
徴税人が徴税する金額は、徴税人に任せられています。徴税人が、自分の思いで、多く徴税することも、少なく徴税することも出来たのです。そのため税金をごまかして徴収し、私腹を肥やしていました。徴税人は、人の弱みにつけ込んで儲けていたのです。
また、徴税人が嫌われる第二の理由としては、集めた税金はローマ帝国へ納められました。従って、ローマ帝国の手先であると見なされました。これらの点から、徴税人は、ユダヤ社会において嫌われ、神の救いに最も遠い存在と見なされていました。
そんな徴税人であるマタイに、主イエスは声を掛けたのです。そして「わたしに従いなさい」と言われました。
徴税人自身も、ユダヤ社会から嫌われる存在であることを自覚していたことでしょう。金儲けはできるが、それと引き換えに神から遠ざかっていくように思えた。同朋の友もいなかった。
「どうせ俺なんか神に愛されていない、」という思いを抱いていたマタイに、「わたしに従いなさい」と主イエスが声を掛けてくださった。するとマタイは、立ち上がり主イエスに従ったのです
「こんな自分でも受け入れられている」という思いをうけたのです。人は、自分を受け止め、受け入れ、話かけてくれる、また、話を聞いてくれる相手を必要としているのです。
マタイは、主イエスこそ、そういう方であると信じて、従ったのです。罪人や徴税人こそ、神の助けを必要としているではないかと、主イエスは言われているのです。まさにこのマタイこそ「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。
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