本日の聖書 マタイによる福音書8章3節
「イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち、皮膚病は清くなった。」
宣教題「愛に触れる」 牧師 新保雅雄
主イエスが、「山上の説教」を終えて山を下りると、一人の重い皮膚病の人が近寄って来ました。そして、こう言いました。
「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります。」
これは、何とも遠慮がちな奥ゆかしい、願い事です。もっとストレートに、「主よ、今すぐ、憐れんでください。助けてください。清めてください。苦しいのです。お願いです。」と言って、すがりついても良かったのにと思ってしまいます。
しかし、この言い方にこそ、この人が長年味わって来た苦しみの深さを見ることが出来るのです。この病の苦しみが深過ぎて、この人は、ちょっと遠まわしな言い方になってしまったのです。
当時、重い皮膚病(ハンセン病)は、「病気の苦しみ」と「社会的に阻害される苦しみ」との、二重の苦しみを負わされる病なのです。
この人は、是が非でも清めて欲しいと、願っていたことでしょう。「助けて欲しい」と大声で叫びたくなる気持ちだったでしょう。この病が癒されれば、社会に復帰することが出来る。また、家族や友人の温かいぬくもりに、触れることが出来る。
それにも拘らず、この人は、切実な思いを、真っ直ぐに伝えることが出来ませんでした。人から受け入れてもらえない、ぬくもりから疎外される経験が、積み重なると、人は言葉さえも奪われるのです。
主イエスは、この人に手を差し伸べ、この人に触れ、言いました。「よろしい。清くなれ」この人の深い苦しみが伝わったのです。すると、御言葉と共に、たちまち重い皮膚病は癒され、この人は清くなったのです。主イエスを通して愛が形となって触れた瞬間です。
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