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(新保牧師携帯)
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礼拝説教要旨
礼拝説教要旨 : 2020念0月4日「喜びも痛みも主と共に」
投稿者 : church 投稿日時: 2020-10-04 06:54:05 (22 ヒット)

本日の聖書 マタイによる福音書10章 40節

「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。」

宣教題「喜びも痛みも主と共に」  牧師 新保雅雄

12弟子は、福音伝道へと遣わされようとしています。そんな弟子たちに、主イエスは、「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである」と言われました。

果たして世の人々が、12弟子を受け入れるのか、それともこばむのか。12弟子を受け入れることは、12弟子を遣わした主イエスを受け入れることであり、神を受け入れることになるのです。

つまり12弟子たちが、世の人に受け入れられた時の喜びは、主イエスの喜びであり、神の喜びなのです。その逆に12弟子たちが拒否された時の痛みは、主イエスの痛みであり、神の痛みであるのです。この派遣においては、主イエスと神が、喜びも、痛みも、弟子たちと共に味わってくださるのです。

続けて主イエスは、こう言われました。「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」

ここで「この小さな者の一人」というのは、主イエスから遣わされる弟子たちのことです。その弟子たちに対して、主イエスの弟子だという理由だけで、冷たい水を一杯でも飲ませてくれるならば、その人は、必ずその報いを受けるというのです。

荒野の多いパレスチナでの水は貴重なものです。しかし水一杯とは、それほど大袈裟なもてなし親切ではありません。誰にでも行えることです。しかし、その小さな親切、それをするかしないかで、その人の人生は、神の祝福の人生になるのです。今日の小さなちょっとした優しさで、人生が大きく違ってくるのです。


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