礼拝説教要旨
礼拝説教要旨 : 2020年6月28日「愛に触れる」
本日の聖書 マタイによる福音書8章3節
「イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち、皮膚病は清くなった。」
宣教題「愛に触れる」 牧師 新保雅雄
主イエスが、「山上の説教」を終えて山を下りると、一人の重い皮膚病の人が近寄って来ました。そして、こう言いました。
「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります。」
これは、何とも遠慮がちな奥ゆかしい、願い事です。もっとストレートに、「主よ、今すぐ、憐れんでください。助けてください。清めてください。苦しいのです。お願いです。」と言って、すがりついても良かったのにと思ってしまいます。
しかし、この言い方にこそ、この人が長年味わって来た苦しみの深さを見ることが出来るのです。この病の苦しみがあまりに深過ぎて、この人は、すこし遠まわしな言い方になってしまったのです。
当時、重い皮膚病は、病気の苦しみと社会的に阻害される苦しみとの、二重の苦しみを負わされる病だったのです。是が非でも、清めて欲しいと、この人は、強く願っていたことでしょう。「助けて欲しい」と叫びたくなる気持ちだったことでしょう。この病さえ癒されたならば、社会に復帰することが出来る。孤独から解放され、人の温かいぬくもりにも、触れることが出来るからです。
それにも拘らず、この人は、切実な思いを、真っ直ぐに伝えることが出来ませんでした。人から受け入れてもらえなかった経験というのは、積み重なると、その人から言葉さえも奪うものです。しかし、主イエスに、この人の深い苦しみが痛いほど伝わったのです。
主イエスは、この人に手を差し伸べ、この人に触れ、言いました。「よろしい。清くなれ」すると、たちまち、重い皮膚病は癒され、この人は清くなったのです。愛が形となって触れた瞬間です。
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