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礼拝説教要旨
礼拝説教要旨 : 2019年10月6日「神様の刻印」
投稿者 : church 投稿日時: 2019-10-06 07:26:59 (6 ヒット)

 本日の聖書 マルコによる福音書1章12〜15節

「それから、”霊”はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた。」

宣教題「神様の刻印」 牧師 新保雅雄

主イエスが、ヨルダン川でバプテスマを受けられてから、すぐのことです。バプテスマの時に天から降った狎士″が、主イエスを荒れ野へと送り出したのです。そして、この荒れ野で40日間に渡って、サタンからの様々な誘惑を受けられました。

荒れ野で様々な誘惑を受けている間、主イエスは、野獣と一緒におられたと聖書は言われています。しかし、主イエスは、野獣から危害を加えられるということはなかった。天使たちが主イエスに仕えていたからです。神の守りが共にあったからなのです。

この主イエスのバプテスマと、その直後のサタンの誘惑によって分かることは、私たちのバプテスマとクリスチャン人生です。

たとえ、バプテスマを受けたからといって、サタン(世)の誘惑から完全に解放される、あるいは欲望が無くなったという訳ではないのです。この世を生きる限り様々な誘惑が、野獣が獲物を狙う様に、私たちを待ち伏せして絶えず狙っているのです。

しかし、そんな誘惑の人生の中であっても、神の守りが確実にあります。たとえ誘惑の先に、野獣が牙を向いて待っていたとしても、神が共にいてくださり、守ってくださるのです。ですから誘惑に負けそうな時、神に祈ることです。神の守りが実感できます。

バプテスマされるとは、神の子としての刻印が打たれる事なのです。あなたが誘惑の中で迷子になっても、神はあなたを決して見失うことはありません。


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