本日の聖書 コリントの信徒への手紙第一15章49節
「わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、
天に属するその人の似姿ににもなるのです。」
宣教題「生かす霊」 牧師 新保雅雄
私が以前住んでいた川口市は、鋳物の町です。町のあちこちに鋳物で作ったものがあります。どれもすばらしく、大変に美しいものが沢山あります。しかし、それに命はありません。やはり鉄は鉄です。
私達人間も命がなければ、土くれから作られたものでしかなく、どんなに形よく作られていても、命がなければいつかは朽ちて、もとの土くれに帰るのです。
この章では、最初の人アダムと最後の人アダム(イエスキリスト)を引き合いにして「生きる」とは何か? を示されています。
「最初の人は土ででき、地に属するもの者である。」最初の人アダム、その末裔であるわたし達は、いつかは死を迎え土に帰ります。
「第二の人は天に属する者です。命を与えるものである。」第二の人イエス・キリストは、復活によって示されたように、永遠の命をお持ちになりました。いつかは天に帰り生きるのです。
この朽ちない方、イエス・キリストに属するのであれば、同じ命に生きる者になれるのです。
「もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなた方の内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。」(ローマ8:11)
肉の体は、神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できないのです。わたし達は、朽ちるものとしてこの世に居ますが、キリストを信じて生きるとき朽ちないものとされます。死は、古い肉の着物を脱ぐときである。生きるとは、キリストの霊の着物を着るときである。 「死ぬべきものが死なないものを着るとき、死は勝利にのみ込まれた。」
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