本日の聖書 マタイによる福音書14章34〜36節
こうして、一行は湖を渡り、ゲネサレトという土地に着いた。土地の人々は、イエスだと知って、付近にくまなく触れ回った。それで、人々は病人を皆イエスのところに連れて来て、その服のすそにでも触れさせてほしいと願った。触れた者は皆いやされた。
宣教題「主の衣に触れる」 牧師 新保雅雄
弟子たちだけで舟に乗ってガリラヤ湖を渡ろうとしました。しかし途中で大きな嵐に合い、弟子達は不安になりました。その時、主イエスが湖の上を歩いて弟子たちの船に向かってこられたのです。そうすると嵐が静まり、舟は無事に向こう岸へと着いたのです。
着いたところは、「ゲネサレト」というところでした。すると土地の人々は、皆に主イエスが来たことを知らせました。知らせを聞いた人々は、病気の人を主イエスのところへ連れてきたのです。
彼らは、主イエスの「服のすそ」でもいいから触らせて欲しいと「願った」。これは必死に頼むということを意味します。そして「触れたものは皆いやされた」のです。
彼らは「皆いやされた」主イエスの衣に触れた人は、皆病気が治った。しかし、私の病気が治らないのは、どうしてなのだろうか? 私は主イエスを信じているのに治らない。これはどうしてなのか。
きょうの聖書箇所は、私たちがこの地上の歩みを終えて、天に召されたとき、肉体の束縛から解放され、主イエスによる新しい体を頂くという、天の御国でやがて起こる出来事をいわれています。
今は聖霊の時代です。聖霊の働きの目的は、人を神のもとへと導くことにあるのです。主イエスを人々が信じるように働かれているのです。つまり「衣に触れる」とは「主と共にある」ということです。
私達は、主イエスの衣に直接触れることの出来る、天の御国を目指して歩んでいます。その時にはすべてが明らかとなるでしょう。
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