母の愛・・・

投稿日時 2013-05-12 06:47:37 | カテゴリ: ニュースレター

2013.5.12 きんたメール第351です。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。

「母の愛・・・」

敬愛する皆さま

福岡からです。今日は母の日です。神さま、すべての命なる母をありがとうございます。すべての母に主の祝福が豊かにありますように。

さて、板橋キリスト教会にも、F姉をはじめ、A姉、N姉と教会の母がいます。「いつも、本当にありがとうございます。」

個人的にも私の母や、妻の母、そして妻にも、「いつも、お母さん、ありがとう」と伝えたいと思います。

母というのは、どんなに疲れて眠たくても、子供が泣いてお乳を欲しがれば起きて飲ませることが出来るし、自分を犠牲にしてでも子供を守り、愛し、育てようとします。

自分の都合よりも、子どもにとってよいことを選択するのです。

聖書(列王記上3章 16〜28節) には、ソロモンの知恵として紹介されていますが、「母の愛」が明らかとされる有名なお話があります。

そのころ、遊女が二人王のもとに来て、その前に立った。一人はこう言った。「王様、よろしくお願いします。わたしはこの人と同じ家に住んでいて、その家で、この人のいるところでお産をしました。 三日後に、この人もお産をしました。わたしたちは一緒に家にいて、ほかにだれもいず、わたしたちは二人きりでした。ある晩のこと、この人は寝ているときに赤ん坊に寄りかかったため、この人の赤ん坊が死んでしまいました。 そこで夜中に起きて、わたしの眠っている間にわたしの赤ん坊を取って自分のふところに寝かせ、死んだ子をわたしのふところに寝かせたのです。わたしが朝起きて自分の子に乳をふくませようとしたところ、子供は死んでいるではありませんか。 その朝子供をよく見ますと、わたしの産んだ子ではありませんでした。」

もう一人の女が言った。「いいえ、生きているのがわたしの子で、死んだのがあなたの子です。」

さきの女は言った。「いいえ、死んだのはあなたの子で、生きているのがわたしの子です。」二人は王の前で言い争った。

王は言った。「『生きているのがわたしの子で、死んだのはあなたの子だ』と一人が言えば、もう一人は、『いいえ、死んだのはあなたの子で、生きているのがわたしの子だ』と言う。」 そして王は、「剣を持って来るように」と命じた。王の前に剣が持って来られると、王は命じた。「生きている子を二つに裂き、一人に半分を、もう一人に他の半分を与えよ。」

生きている子の母親は、その子を哀れに思うあまり、「王様、お願いです。この子を生かしたままこの人にあげてください。この子を絶対に殺さないでください」と言った。 しかし、もう一人の女は、「この子をわたしのものにも、この人のものにもしないで、裂いて分けてください」と言った。

王はそれに答えて宣言した。「この子を生かしたまま、さきの女に与えよ。この子を殺してはならない。その女がこの子の母である。」王の下した裁きを聞いて、イスラエルの人々は皆、王を畏れ敬うようになった。神の知恵が王のうちにあって、正しい裁きを行うのを見たからである。

そのように、神さまは私たち一人ひとりを愛してくださる御方です。今週は母に感謝し、母を与えてくださった主に感謝したいと思います。

今週もあなたの上に主の祝福が豊かにありますように。そして、どのような時も正しく判断する知恵に満たしてくださいますように。あなたの上に主が共にいてくださいますように。

【板橋教会】・・・2013年19回目の礼拝です。今週は礼拝後に手話クラス、恵み会が開かれます。板橋キリスト教会にリバイバルが起こりますように。新保牧師、まつだ兄、なべ兄、じま兄の健康が護られますように。姉妹の上に主の慰めが共にありますように。あらた兄の上に主の平安が共にありますように。それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。ご意見・ご要望は北村までお寄せください。

今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。特に被災地の方々の上に主の癒しと慰めが、救援にあたっている方々の働きの上に主の支えが豊かにありますように祈ります。栄光在主

 






板橋キリスト教会にて更に多くのニュース記事をよむことができます
http://itabashi-church.net

このニュース記事が掲載されているURL:
http://itabashi-church.net/modules/bulletin2/index.php?page=article&storyid=59