2019.3.24きんたメール第650号。※きんたメールとは、板橋教会の週報をメールで送っている際に添えている板橋教会ホームページ担当のきんた(北村)の独り言です。
「強さとは・・・」〜弱さを受け止めること〜
敬愛する皆様、いつも、ありがとうございます。春に向かって不安定な天候が続いています。同じように新しい環境を迎える方にとって期待と不安があるのが普通です。あなたのすべてをご存知の主が必要を与えてくださいますように。主の祝福と平安で満たされますように。皆様の上に主が共にいてくださいますように。
さて、我が家では家内が中国に、息子はサッカーの合宿に行き、一人で週末を過ごしました。なんと静かな時間でしょうか。しかし孤独ではありませんでした。いないけど一緒だからです。見えないけど一緒だからです。
一緒にいることは幸せだと改めて思います。では私には一緒にいるだけの資格があるのでしょうか。そんな資格はありません。何もないのです。人生は恵みです。いつも見えないけど神さまの愛によって支えられているのです。
神さまの愛を知る前は、大事にしてくれる人は大切にして、そうではない人のことは大事にしないのが普通でした。神さまの愛を知ってからは、自分が大事にされなくても、自分が相手を理解しようとすればそれで十分だということにも気づくようになったのです。
だから、相手の態度によって影響は受けるけど、そんな態度をとらなければならない何かを抱えているその人のことにも意識が向くようになるのです。そこから自分が好きだったら、相手に嫌われてもいい。もちろん、相手にも好かれたいのですが、それだけでなくてもいいということに気づいたことが面白いのです。笑ってしまいます。なぜなら、神さまの愛はそんな感じだからです。
「見えなかった視点」が開かれたことで気づかされる。この愛を知っていることが、自分でも奇跡だとびっくりしています。それで神さまのように愛に生きることをめざすのですが、自分の中で違う働きをしようとする力もあるのです。これは人類共通の悩みだろうと思います。
「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。」ローマ7:15
十字架の愛だけが救いです。十字架は私たちの目には弱そうに見えることですが、本質を見れば自分から弱さを受け止めることの方が本当の強さではないでしょうか。
「キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられるのです。わたしたちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています。」コリント二13:4
ご一緒に教会で神さまの愛を確認しましょう。あなたは愛されるために生まれた人です。私たちは不完全な者ですが、不完全ゆえに赦し合い、助け合いながら神さまの愛に生きる人として成長していきたいものです。いつも主にこそ目を向けていく恵みで満たされますように。そのために十字架の愛を忘れることがないように助けて導いてください。
どんなときも主が共にいてくださる人生は「新しい力」を受けます。よき理解者が「一緒にいるだけ」で人は「命」を得ます。ぜひお近くの教会(十字架が目印)へお越しください。一緒に祈りましょう。あなたの上に主の祝福と勇気が豊かに注がれますように。主が共にいてくださいますように。
【板橋教会】・・・本日の礼拝後は交わりの時をもちます。ぜひ、お越しください。
祈り:アルマ姉のお母さまの癒しのために。導かれた新来者の救いのために。すずき兄、のざき姉、ひろき兄の上に主が共にいてくださり、いつも助けて導いてくださいますように。のだ姉の歩みの上にいつも主が共にいてくださり主の平安が共にありますように。またあかや兄の働きを祝福してください。新保牧師、つのえ兄、なかや兄、なかがわ姉、なかじま兄、たつみ兄、よこやま姉、みやもと姉の健康が護られますように。子供たちの上に主が共にいてください。あしや兄、たなか兄の働きを祝してください。もり兄、ふじむら姉の歩みの上に、祝福が豊かにありますように。バプテスト連盟の諸教会の上に、常盤台教会の上に、母教会である東京西教会の上に祝福が豊かにありますように。
それぞれのすべてをご存じの主が必要を与えてくださいますことを感謝します。祈りの課題がありましたら、お知らせください。一緒にお祈りします。
ご意見・ご要望は北村までお寄せください。今週も皆さまの上に主の祝福と平安が豊かにありますように。栄光在主
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