2022年3月27日「何を希望に生きるのか」

投稿日時 2022-03-27 06:57:59 | カテゴリ: 礼拝説教要旨

本日の聖書  コヘレトの言葉1章17節、12章14節みな空しく、風を追うようなことであった。


宣教題「何を希望に生きるのか」  牧師 新保雅雄


あのダビデ王の息子、二代目ソロモン王、絶大な栄華を極めたソロモン王は言う「何をしても空だ。人生は空しい。」


いずれ人は死を迎える。人を愛すれば愛するほど、いずれ来る死を思うと苦しくなる。真面目に生きれば生きるほど、死で終わることを思うと、馬鹿らしくなる。今夢中でやっていることは、何なんだろうか? 死で全ては終わるとしたら、何をしても空しくなる。投げ出してしまいたい。人は裸で生まれ、また裸で帰っていく。


人を愛したくない、夢中で生きることもしたくない。大切な人を夢中で愛するとき、その先に大きな悲しみがいつか来ることを知る、あまりにも空しい。愛するとは何なんだろうか。


「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に」(12章)


主イエスは言われる、「私を信じて着いて来なさい。死に打ち勝った。恐れることはない、死は通過点だ。」死で全てが終わるわけではない。そのことを、希望を教えに来られたのが、主イエスキリストである。そして私たちは永遠の世界、永遠の命、神を知る。


信仰とは生きる希望を確信することである。ああ感謝・・






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