本日の聖書 マタイによる福音書10章 32節
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。」
宣教題「信仰を言い現す」 牧師 新保雅雄
主イエスは、12弟子を福音伝道に遣わすに当たり、改めて弟子たちに覚悟して行くように語りました。
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。」
これは、主イエスの弟子だということで、歓迎されるのではなく、むしろ当時の社会では、嫌がられることの方が多いとうことなのです。
たとえ厳しい状況が待っていたとしても、自分は主イエスの仲間だと言い表すならば、主イエスもまた、天の父の前で、その人のことを、ご自分の仲間である、と言い表してくださるというのです。
どうでしょうか? 私たちは、どんな状況にあっても、「わたしはクリスチャンです」と、はっきりと信仰を表すこと事が、出来ているでしょうか。自分の都合のいい時、悪い時で使い分けしていないでしょうか。
続いて主イエスは、こう言われます。「しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」
この現世ですべてが終わる、その後は何も無い、と考える人にとっては、主イエスの言われることは、理解出来ないでしょう。その人にとっては、終わりの日のことよりも、今この現世で、いかに要領良く生きるか、正義よりも利益を優先することに何の疑いも持たない。利益のためなら、ばれなければ許される。
しかし、天の国があり、終わりの日の裁きがあるならば、主イエスのこの言葉は、私たちのこの世でのクリスチャン人生に、大きな勇気を与えてくれるでしょう。
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