本日の聖書 ヨハネによる福音書17章1〜3節
「イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」
宣教題「時が来ました」 牧師 黒瀬 博
クリスマスおめでごうございます。イエス・キリストは十字架を前にして「時が来ました。」と語られました。時は平凡に流れるものではありません。決定的時が必ずやってきます。十字架はその時だったのです。
同じように、歴史の中にも時がやってきます。イエスのご降誕は歴史における「時の到来」です。旧約聖書と言う長い歴史の準備のもとで、イエスは神のご計画に基づき、この地上にやってこられました。讃美歌の中で「天下る」とうたわれていますが、まさに天から下られたのです。
神の御子の誕生ですから、王宮とか、きらびやかな場所で、多くの人々に歓迎され、祝福され産まれてもよかったのでしょうが、実際は、馬小屋の中で、羊飼いと東から来た博士たちというわずかな人にお祝いされてお生まれになりました。しかも、その後の人生は、神の御子と言うにはあまりに貧しい、厳しいものでした。あらゆる苦難を経験し、最後には十字架にかかり、亡くなられました。これが神の御子なのでしょうか。驚くべきことに、このお方が神の御子だったのです。
人間の知恵では判らないことですが、神のご計画として、この世の罪、けがれ、苦しみをイエスはすべて一身に背負って、そのすべてを十字架で滅ぼされました。それは大きな苦難でしたが、その代わり、人間はすべての苦難から解放され、罪も許され、神の祝福を得ることが出来るようになりました。私たちの幸福は、イエスキリストのおかげです。
救い主イエス・キリストの誕生日が一年でももっとも暗い12月25日であったことは、まことにイエス・キリストの使命と一致しています。
これより暗い日はない日にお生まれになり、これより苦しんだ人はいないほどの苦しみを受け、これから明るくなる、これから苦しみがなくなるというメッセージを残してくださったのです。私たちも、クリスマスをお祝いするとともに、これから私たちの人生が明るくなる、苦しみも無くなると信じて、お祝いしたいと思います。
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